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【二次創作小説】3月14日

こちらは「太陽よりも眩しい星」の二次創作小説です。
神城目線のお話です。

本編の30話31話をベースに、独自解釈を加えています。
ネタバレも含みますのでご注意ください。


「じゃあ北の沢に9時半で」

メッセージを送ったら、1分ほどしてからポコンと返事が帰ってきた。
いつものおにぎりのスタンプで「OK」だ。

ホワイトデーのデートは札幌に新しくできた水族館、AOAO SAPPOROに決まった。

こちらからもスタンプを返したあと、トーク履歴を眺める。
おにぎりのスタンプ。
自分のアイコンの花火。
「もう半年だ」と気づいてびっくりした。

さえと一緒に後夜祭の花火を見た日、俺たちは恋人になった。

***

小学校の6年間、俺たちはずっと隣の席だった。
隣で笑うさえが眩しく見えるようになったのはいつからだっただろうか。

クラスが離れ、毎日話せるのは当たり前のことではなかったんだと知った中1の春。

泣いているさえをフェンス越しに見つめることしかできず、「守りたい」と強く思った中1の夏。

それから俺は、さえにふさわしい男になるにはどうしたらいいのかだけを考えてきた。

牛乳を飲んで、
プロテインを飲んで筋トレして、
サッカー部でスタメンを死守した。

さえを見かけたら絶対に話しかけるようにした。
さえが困った顔をしても笑顔で押し切った。
俺が機会を作らないかぎり、さえと話すチャンスは巡ってこないと知ってたから。

さえが進学校を目指してると聞き、同じ高校に行くために死ぬ気で勉強した。
北高に合格した時は本当に嬉しかった。

***

必死に勉強して入った北高だが、授業についていくのは大変だった。
北高には地頭の良い奴がゴロゴロいた。

中でも同じクラスの鮎川は特別だった。
なにせ首席入学だ。

無表情で口数は少ないが的確なことを言うので、皆に一目置かれている。
マイペースで、あまりはしゃいだりしなくて、すげー大人っぽい。
俺には口が悪いこともあるけど、女子には、特にさえにはめちゃくちゃ優しい。

鮎川にはまったく敵わない。
口も、勉強も、落ち着いた態度も、じゃんけんでさえも。

俺はさえの斜め後ろの席だったから、隣同士の席のふたりが何気ない会話を重ねて、仲良くなっていくのがわかった。

***

鮎川とさえは似ている。
落ち着いた物腰。
頭の良さ。
マイペースなところ。

鮎川は、明らかにさえに惹かれていた。
鮎川がさりげなくさえを見つめている横顔を、俺は後ろから見ていた。

(せっかく同じ高校に入ったのに)
何もできない自分が歯がゆかった。

さえも、俺と話すよりもリラックスしておしゃべりになってるように見えた。
普段あまり口にも表情に出さないさえが、鮎川の隣では可愛くてきれいだった。

その親密そうな空気は周りにも伝わっていたらしく、学祭の頃にはクラスで「あのふたり付き合うんじゃね?」と噂になったほどだ。

後夜祭が告白イベントになってると聞いて、さえとクラスの受付担当を一緒にする約束をしていた。
そこで後夜祭でふたりで会ってもらえるよう、話そうと思ってたんだ。

でもこんなの、分が悪すぎる。

学祭前日、俺は生まれてはじめて食事が喉を通らなかった。

それでも、さえが後夜祭で誰かに告白するために曲をリクエストしたと知って。
そこまで追い詰められて、ようやく自分の気持ちを伝える決意をした。

(あの時は、もう絶対ムリだと思って、いいかげん諦めるつもりで告ったんだよな)

でも朔英は俺を選んでくれた。
俺のことが好きだったと言ってくれた。

あの日、「打上花火」を聴きながら一緒に見た花火は一生忘れないと思う。

***

付き合うことになってからは本当にたのしい。
だって横を見たら、いつでもさえがいる。

さえといると自然と笑顔になる。
部活も勉強も頑張れる。
がんばる俺も、かっこつけるのに失敗する俺も、さえはいつでもにこにこと肯定してくれる。

一方で、鮎川の視線が未だにさえを追っていることに俺は気づいていた。
隣のさえをにこにこ見ている時に、ふと視線を変えると、遠くの鮎川もさえを見ている。

「半年なんだけどな…」

長年片想いした俺が言うのもなんだが、いちおう立派な彼氏(俺)がいる相手だ。
鮎川はかなり諦めが悪い。

そして、我ながらかっこ悪いけど、鮎川に勝てる気はまったくしない。
今、こうしてさえと付き合ってても、常に頭の隅で「負けないように」と意識している。

(そろそろ鮎川が、他の女子に目を向けてくれたら気が楽になるんだけどな)

でも難しいだろうな。

さえみたいに、誰にでも優しくて、かわいくて、正義感が強くて、頭が良くて、スポーツ万能で、かわいくて、いつもにこにこしてて、ちょっと天然で、何でも楽しんでくれて、かわいくて、大人びた横顔がきれいで、子供っぽい笑顔がたまらなくて、いつも気配りできる良い子なんて、めったにいないもんな。
(※作者注:あくまで神城の主観です)

隣にいることが増えてからわかったけど、さえは鮎川の視線にめったに気づかない。
つまり、鮎川の気持ちを知らないんだと思う。

(じゃあ、さえが鮎川の気持ちを知ったら?)

たまたま俺を選んでくれたけど、あのとき、先に鮎川の気持ちを知っていたら、もしかして…。

頭を振って、いつも頭の片隅にある嫌な想像をふき飛ばす。
そんな仮定は意味がない。

「ずっと神城!」
そう言ってくれたさえの言葉は間違いなく本当の気持ちだったはずだ。

気を取り直してLINEのトーク画面をさかのぼる。
いちばん古い履歴は、中学校の卒業式で、母さんが見たがってるからと嘘をついて撮ってもらったツーショ写真だ。

(あーーー、かわい)

あの頃はさえとキスするなんて想像もしてなかった。
バレンタインにした2回目のキス。
まだ唇に余韻が残っている気がする。

初めての時のさえの泣き顔や、消え入りそうになって照れている甘く柔らかい声が浮かんできた。

思い出すと無限にニヤニヤできる。
俺はベッドの上で足をばたつかせる。

(あれ?)
ふと気づいた。

(そういえば、俺ら付き合ってから写真撮ってなくね?)

なんてことだ。大問題だ。
ホワイトデーデートの目標が決まった。

「よし、ツーショ撮るぞ!」

***

日曜日。
約束の5分前に北の沢駅に着くと、もうさえが待っていた。

通学の時よりもおしゃれなコート。
スカートながい。
いつも私服かわいいな。

俺とのデートのために、えらんでくれたんだよな。

ぱちっと目が合ったら自然にわらってしまう。「行こ!」

AOAO SAPPOROは大通駅から約3分。
新しくできた商業ビルの中にある都市型水族館だ。
北の沢駅からは地下鉄で移動する。

「新しくできたからTVでいっぱい特集してるよね」
「行ってみたかった〜!街中なのにペンギンとかいるんだよね」

エントランスを入ると暗いフロアにいくつもの水槽が浮かび上がっていた。

水の生物のラボ。
アクアリウムっていうのかな?
配置がおしゃれで、珍しい生き物がいろいろで見応えがある。
アロマの香りがするエリアもあった。

「きれいだね」
「なんかここいい匂いするね」
「いやされるー」

水槽も見応えがあるが、水槽に見入るさえもめちゃくちゃかわいい。
スマホでパシャパシャ撮影しまくる姿は珍しい。レアさえだ。

あ。水槽を覗いていたさえが、いま、小学校で「ゆめのおべんとう」を描いてた時の顔をしてる。

「食べてみたいの?」
なんで!?という顔でこちらを見るさえ。
ほんのりと不本意だ、みたいな不満を感じる。

さえは食べものことになると表情が変わるけど、あまり自分では気づいてないんだ。
ああかわいい。

クラゲの水槽の前にきた。
ライトに照らされて優雅で繊細な姿が浮かび上がる。
ほんのりと発光して神秘的だ。

「俺クラゲすきだわ、今日知ったわ」
「あ、赤ちゃんクラゲかわいい」
「ちっちゃいなー」

目玉のペンギンコーナーに来た。
驚くほど目の前でペンギンを見られる。

あなたの推しペンギンは?という看板があって、ペンギンたちの名前や性格が出ているのも面白い。

ペンギンたちの名前はサロマとかオビヒロとか、北海道の都市の名前になっている。

キタミという子が目についた。

引用元:MouLa HOKKAIDO
「あなたの推しはどのペンギン?AOAO SAPPOROの個性豊かなペンギンの名前を紹介」


「かわいーな。一緒に暮らすなら、俺このペンギンと暮らしたいな」

プロジェクションマッピングで海中を再現しているコーナーもあった。

海の中を散歩しているみたいなすごい景色だ。

「わああああ」と感動してるさえ。
「歩いたところ泡がついてくる!」
「おもしろ」

建物の中にいるのにシュノーケリングしているような不思議な感覚。
足元の泡に興奮してるさえをニコニコ見ていたら、耳元に揺れているイヤリングに気づいた。

(俺がクリスマスにあげたやつ、だよな?)

耳元でゆらゆらキラキラ揺れている。
海の青とイヤリングのキラキラが幻想的で、思わずじっと見つめてしまった。

視線に気づいたさえがこちらを見上げてきた。
ふだんはすぐに目を逸らすけど、今日は珍しく目線を外さない。
かわいい。

水族館っていいな。
生き物にもいやされるけど、さえにもたくさんいやされる。

ひととおり展示を見て満足したのでミュージアムショップへ行く。

「ペンギンほしいな、かわいかった」
「いいねー俺も記念に何か買お」
「ペンギンバンドだって」
「バンドよく見てなかった」

ペンギンバンドは推しペン活動向けに売っているようだ。
ペンギンの性格ごとにバンドの色が割り当てられているらしい。
ペンギンの写真つきパッケージだ。

「次来た時は探して性格確かめよう」

そう言いながらキタミのバンドを探す。
(あ、見つけた!)

「これにしよう、俺の推しペンギンだから」

俺はペンギンバンドを、さえはペンギンのぬいぐるみを買う。

さえはぬいぐるみを気に入ったみたいで、バッグに仕舞わず手に持ったままだ。
なでなでしてる姿が可愛すぎる。

ミュージアムショップを出たら、タイミング良くエレベーターに乗れた。

「いやされた…」
「居心地よくて予定より全然いちゃったね」
「ね!かわいかったー」

さえがぬいぐるみの目を見つめながら言う。

(いやし✕いやし=∞…)

ますますほんわかしてしまう。
しかしたっぷり滞在したのでもう12時を過ぎている。

「おなかすいたね、何たべようか?」
「ねー」
「さえは何がいい?」
「うーん……あ、お寿司とか?」

ぷくく。
さえ、やっぱり魚食べたくなってる。
食べものに関してはすげーわかりやすい。

「回転寿司どお?」
「いきたい!」

***

回転寿司は混んでいた。
ふたりなのでカウンターに通される。
並んで座れてちょっと嬉しい。

目の前を流れていくお皿を見てたらテンションがあがってきた。

「何皿いける?最高何皿?」
さえに尋ねる。

「24皿」
「俺30くらい!勝った」
昔はさえより全然食べられなかったから、勝ててるのがうれしい。

「何が好き?」
さえの好きなものは何でも知っておきたい。

「まぐろ」
「まぐろだよね、赤身!」
「イカもすき」

え、意外。俺はちょっと苦手。
「イカ、かみきるの大変じゃない?」
「甘くておいしいよ」

遠くの席から子どもたちの話し声が聞こえてきた。

「元気だな」
「家族が多いね」

そういえば…。
ふと、家族みんなで回転寿司へ行った時のことを思い出した。

「昔、回転寿司で会ったことあるの覚えてるかな」
「あ!覚えてる会ったよね!かねやす寿司」
「あそこ行くよね」
「安いもん!うちいっぱい食べるからみんな」

「そのとき会って俺うかれて、親と兄ちゃんに嬉しそうとかツっこまれたよ」
思いきって白状する。

「俺はバレバレだったらしい」

ほんと、さえのことになると母さんと兄ちゃんの団結力がすごいんだ。
ふたりでめっちゃいじってくる。

無自覚だったけど、さえを好きなのが出ちゃってたんだろうな。

「……私もうれしかったよ」
小さな声でさえが言う。

口の中で思わず「え」と言った。

「話合わしてる?」
「ほんとに!」

友達としてってこと?
それともやっぱ話合わせてくれてる?
どちらかだとしても嬉しい。

***

おなかがいっぱいになったところで、ゲーセンに行くことにした。

さえが「これやりたい」とパンチングマシーンを選び、全力でパンチする。
こういうゲームも本気で遊べるから、さえといると楽しい。
彼女としてだけじゃなく友達としても最高なんだ。

俺も本気でパンチする。
218kg、まずまずだ。

「あっ負けた…」
「そりゃあね」
筋トレがんばってるのに好きな子に負けるわけにはいかない。

ドラムの名人を見つけた。
「あっアイドルがある!やりたいやりたい」
「やろ」
「上脱ぐね」
「俺も」

アイドルは難曲だ。
前奏が始まったところでリズムに集中する。
ミスタッチしないように叩くのに夢中で、気づけば無言でクリアしていた。

「クリアだー!やったー」
さえと高々とハイタッチする。

「チームワーク良かったな俺ら」
さえがえへへと笑う。
俺も笑う。
今日は本当に楽しい。

***

そろそろおやつの時間だ。
あらかじめ調べておいたFlowerFlowerに行く。
ここはクレープ屋さん。
花束みたいにかわいいクレープやアイスが食べられる。

きっとさえは手元の写真を撮るだろうから、そこでさりげなくツーショを撮る。
うん、完璧な作戦だ。

できあがったクレープを見て、さえは予想どおり「かわいい〜!」と喜んでいる。

ベンチに座って写真を…
と思ったら、次の瞬間、さえが大きく口を開けた。

「岩田…!!」
焦って咄嗟に学校モードの呼び方が出てしまう。

「…さえ!まって!先に写真撮ろう」
「え、あ、うん」

俺はすばやく隣に回り込んでツーショを撮った。
クレープもさえもきれいに撮れた。
本日の目的達成。大満足だ。

撮影の時、真横から見たイヤリングがまたしゃらんと揺れた。

「イヤリング、俺があげたやつだよね?」
一応確認する。
「うん」

さりげなく周りに人が少ないのを確認してから、耳打ちする。

「すげー似合う」
「かわいい」

さえは耳まで真っ赤になる。

(俺が心の中で思ってることを毎回伝えたら、さえはどう思うんだろう)

こんなに好きがたくさんで、きっとびっくりするんだろうな。

(重すぎるって嫌われなきゃいいけど)

***

クレープは思ったよりもさっぱりしていて、俺でもおいしく食べられる。

もぐもぐ食べていると、突然さえが言った。

「神城は私のこといつ好きになってくれたの?きっかけって…ある?」

「……え…きっかけ…?え、きっかけ……」
想定外の質問に頭の中が急に忙しくなる。

さえを女子として好きだと気づいたのは、卒業式の時…?
いや、中1?
明確にいつって言うのが難しいな。

「小6……中学くらい…?気がついたら好きだったっていうか……」

さえは質問したくせに下を向いて照れている。
何で急に?
いや、でもこれはチャンスかもしれない。

「……さえは?」

ずっと気になってた。
いつから俺を好きになってくれたんだろう?
だってさえの態度は昔からまったく変わらなかった。
だから「小学生じゃなく男として見てほしい」ってがんばってきたんだから。

「……私は…」
さえは?

「最初から好きだったよ、入学式で会った時から」

「えっ!?」
入学式って小学校の!?

「俺小さかったじゃん」
「神城、にこにこしててそこがよかった」
「えーー……」

頭が追いつかない。
「まってまって……そーなんだ……」

ほっぺたが無茶苦茶あつい。
耳まで真っ赤になってるのがわかって、俺は腕に顔を埋めて隠した。

だから。
だからさえの態度は変わらなかったんだ。
あの頃、かねやす寿司で会えて嬉しいのは俺だけじゃなかったんだ。
俺が気づくよりももっと前から、ずっとずっと好きでいてくれてたんだ。

(え、何これ、しあわせすぎる)
さえは俺を浮かれさせる天才だ。

***

「あの人、先にいたのにとばされてる」

俺がなかなか顔をあげられずにいると、隣で朔英が言った。

顔をあげたら、レジの近くで困ったようにウロウロしている女性が見えた。

俺はベンチから立ち上がり、レジの前にいる人たちに声をかけた。
「この人並んでますよ」

女性は頭を下げて「Thank you!アリガトウゴザイマス」とお礼を言ってくれた。

慣れないながらも「You're welcome」と返して、さえのところへ戻る。

「外国の人だったー」

そっか、と言いながらクレープの続きをむぐむぐ食べ始めたさえを見て、俺は小学生の頃を思い出していた。

『光輝、1年生がいるよ』
雪合戦に夢中になってる時、さえが小さい子たちに目を配って、危なくないように気をつけてあげてたよね。

「………気がつくよね」
本当にさえはすごい。

「俺、さえと一緒にいて腹立つことないんだ。話してて楽しいし」

さえの顔を見て言う。
「ほんとに好きだよ、結婚したいくらい」

思わず言ってから、ふと我に返る。
…いやクッソ恥ずかしいなこれ!?

「ちょっと手洗ってくる、ゴミかして」
俺はそう言ってゴミを捨てるとトイレに逃げた。

***

鏡の前で手を洗い、俯いて長く息を吐く。
「はーーーーーー…………!」

さえが小1の頃から好きでいてくれた衝撃が大きくて、つい本音がポロリと出てしまった。

(いや俺、重っ)
10年も見てきてくれたなら、受け止めてくれるだろうか。
いやでも……!

「はーーー…」

いや、もう言った言葉は取り消せない。

鏡の中の自分を見る。
耳まで顔が真っ赤だ。
顔もざぶざぶ洗って頭を冷やす。

(とにかく今日をいいかんじに終えよう)
スマホを見るとそろそろ6時。
夜になったら時計塔のところでホワイトデーのプレゼントを渡そう。
冬はライトアップされてて、絶好のデートスポットだ。

しっかり手と顔を拭いて、鏡を見る。
まだ顔は赤いけど、さっきよりはマシだ。

さえのところへ戻って訊いてみた。
「門限ある?」

さえが顔を上げる。
「まだ帰んなくていいよね?」

うんうん、と必死に頷くさえのほっぺも赤い。
さえ、今日イチきれいだ。
また自分の顔が赤くなるのがわかった。
本当に、さえはかわいくてきれいでずるい。

***

「あ、かわいい。このモデルさんすき」

さえが壁に貼ってある大きなポスターを見て言った。
化粧品の広告だ。
きれいな人だ。優しそうな目元。

「あー、さえと雰囲気似てるね」
さえの方がずっとかわいいけど。

隣のポスターに目が移る。
「あ、この人ロナウドみたいでかっけー」
(俺もこんなふうに逞しくなれたらなー)

何を見てても話は尽きない。
のんびり歩きながら雑貨屋さんに来た。

「わっかわいい」
さえがウキウキしている。

「これ翠ちゃん好きそう」
さえが見ているのは目玉が飛び出てヨダレを垂らしてるカボチャのキャラだ。
Monster Factoryのキャラだそうだ。

「………きもちわるくない?」
オブラートに包みきれず、思わず言った。

「うん翠ちゃんてキモカワみたいなの好きなの」
「女子のなぞのやつ……」
「これがいちばん好きそう」
「いちばんきもちわるいね…」

「買う?」
さえが見てるモンスターセットは1,500円。
バイトしてない俺らにはなかなかの額だ。

「や…、またこんど……」
いくら友達がすきでも、誕生日でもないのに買えないよな、やっぱ。

「大通公園歩かない?ライトアップきれいだって」
さえがこちらを見てこくんと頷く。

***

まだ寒い3月の夜。
粉雪が舞う大通公園にはカップルや家族連れの姿がちらほらといた。

キリッと澄んだ冬の空気の中、イルミネーションと雪がお互いに反射してきらめいている。
なんとなく気持ちがふわふわする。

時計塔の前まできた。

「7時40分かー、そろそろ帰んないとね」
そう切り出してから、ポケットに忍ばせていたプレゼントをさえの手に握らせる。

「お返し。紅茶とクッキーのセットだから、家帰ったら食べて」

さえはバレンタインに手作りチョコをくれた。
俺からのお返しは当然のはず。
なのに、すごくびっくりした顔でプレゼントを眺めている。

(ああ、こういうところが好きだなぁ…)

「チョコレート、めっちゃおいしかったから!」

心をこめて伝えて、さえの手をぎゅっと握った。
「帰ろ」

さえの指先は冷たい。
手の冷たい人は心があったかいって聞いたことがあるような。

ああ、周りに人がいなければこのまま抱きしめちゃうのに。

すると突然、前から小さい子供がタタッと走ってきた。

びっくりして思わずつないだ手を上にあげたら、さえもぴったり同じタイミングで上にあげたので、ふたりで作ったトンネルの中を子供が駆け抜けたような形になった。

「すみません!」
遠くからお母さんと思われる女性が頭を下げ、子供を追いかけていく。

思わずさえと顔を見合わせる。
「何だこれ」
可笑しくなって思わず笑う。

粉雪がイルミネーションと混ざってきらめいている。
さえもきらきら光る。
きれいだな…。

すると今度は突然、つないでる手を上から「ていっ!」と切られた。

「!?」

何が起きたのかよくわからない。
見ると、同じクラスの小野寺が悪戯っぽい顔で舌を出している。

「えっ!す…翠ちゃん」
「えへへー」
「びっくりした…知らない人、攻撃してきたかと」

さえが小野寺と話している。
それよりも俺は、小野寺の連れに気づいてまたしても驚いていた。

小野寺と一緒にいるのは鮎川だった。
他の奴はいない。
ライトアップされた時計台の前で、ホワイトデーの夜に、ふたりだけで。

鮎川も驚いたようで目を見開いていた。

「え……?ふたり…」
思わず声が出てしまう。

「何も言うな神城! なんでとかも聞くな!」
小野寺がふざけて言う。

鮎川の顔に照れや焦りはなかった。
さえの手元を見つめている。

「岩ちゃん、神城に適当に説明しといて!岩ちゃんの判断でいーから!」
そう言うと小野寺は、鮎川の背中を押してふたりで歩いていってしまった。

その場に残された俺とさえ。
さえは黙っている。どう説明するか言葉を探しているのだろう。

とても焦っている様子の横顔を見て、(ああそうか)と思った。
さえは知ってるんだな。

「鮎川は小野寺を好きなんじゃないよね。鮎川は…」

さえがこちらを見上げたのが見えた。
俺は前を向いたまま続ける。

「俺、鮎川に勝ってるとこないけど」

一言ずつ、噛みしめながら言う。

「じゃんけんでも勝てないけど」

さえを見る。
さえも俺を見ている。

「誰にもわたさない」

さえが目線を伏せる。
どくん、と心臓が嫌な音を立てる。

でもさえの目線はすぐに俺の手を捉え、そのまま俺の手を握った。

「私も誰にもゆずらない」

さえの瞳が強い意志を持って俺を見ている。
それから我に返ったように真っ赤になる。

いつも周りの人に譲ってばかりのさえが、ゆずらないと言うのを初めて聞いた。

雪が舞う。
イルミが輝く。
白い世界で、俺たちふたりの頬だけは赤く染まっていた。

***

小野寺からのLINEを見たさえが、「さっきの買いたい!」と言って閉店間際の雑貨屋へ駆け込んだのはこのすぐあとの話。

きっと小野寺を慰めるためのプレゼント。
つまり、小野寺は鮎川にふられたわけで、鮎川は未だにさえを諦めてくれないんだろう。

俺はこっそりため息をつく。
鮎川は本当にしつこい。
しつこくて、見る目がある。

でも俺だって負けないけどね。

fin.


朔英ちゃんはモノローグで神城への愛をいっぱい語っていますが、その5%くらいしか神城へ伝えてない気がします。

「同じように神城も、朔英ちゃんに直接伝えてない想いがあるんじゃないかな?」と考えて、書かせていただきました。

あれこれ妄想を加えているので「こんなの神城じゃない!」という方もいらっしゃるかも…
だとしたら申し訳ありません💦

挿入イラストもいろいろと力不足で…
うーんもう少し上手く描けたらな💦

何もかも力不足ですが、少しでも楽しんでいただけましたら嬉しいです💖

2024年5月12日
神城の誕生日を記念して
ちー


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