防衛研究所の「安全保障戦略研究」2023年12月号の「中国が目指す非接触型「情報化戦争」」

防衛研究所(NIDS)が発行している「安全保障戦略研究」2023年12月号に掲載された荊元宙と五十嵐隆幸の「中国が目指す非接触型「情報化戦争」」(https://www.nids.mod.go.jp/publication/security/security_202312.html)を読んだ。CDS(領域横断的な相乗作用=Cross Domain Synergy)の区分を準用し、物理次元の陸、海、空、宇宙の4領域を「物理領域」、情報次元を「サイバー領域」と人間の心の中を「認知領域」として主として後者を中心に議論を進め、台湾に対するアプローチについて掘り下げている。

●概要

まず、背景として中国の認知戦などに関する考え方やその推移を紹介し、「戦わずに台湾を占領する」=非接触での統合を目指していることが解説されている。
次にサイバー領域と認知領域の定義をおさらいし、そのふたつの領域で組織(主としてMSS)や行っていることを整理している。軍民融合の実態で大学との協調やサイバー民兵の育成などを紹介している。

近年、認知領域での戦いが重要視され、強化されていることを論文などから紹介し、軍だけでなく中国国家イン ターネット情報弁公室(CAC)、中国共産党の中央宣伝部、中央統一戦線工作部、人 民解放軍戦略支援部隊のほか、国務院台湾事務弁公室や民間のテクノロジー企業の下に編成されたサイバー民兵などが関与していると指摘。

最後に中国が台湾に対して仕掛けている非接触型「情報化戦争」について解説している。政治的には、台湾の国際活動空間を圧迫することで下記を行っている。

政治的要求を受け入れさせ、経済的には、経済・貿易上の優位性を利用して台湾企業や人々 を引き込み、軍事的には、台湾海峡周辺の海・空域への侵入の頻度を高めるのと同時に、メディアやネットコミュニティーでそれを誇張することによって強要や抑止の効 果を高め、心理面では、民衆の心を混乱させるとともに、軍人や民衆の抗戦の意思と自衛の決意を弱めさせ、世論の支配的地位を掌握しようとしている

荊元宙、五十嵐隆幸、防衛研究所、「安全保障戦略研究」2023年12月号、「中国が目指す非接触型「情報化戦争」」(https://www.nids.mod.go.jp/publication/security/security_202312.html)

台湾で流布しているものとしては、次の3つが際立っている。

・中国の台湾侵攻に対する防衛作戦準備が進んでいることを示し、抵抗する意思をくじく
・蔡英文総統の権威を貶める
・台湾と欧米諸国との関係に疑問、不安を抱かせる

こうした情報を流すルートとして台湾の専門家の分析が紹介されている。それによるとルートは3つで下記があげられている。

・金銭
台湾の若者に親中世論を広めるため、台湾の住民、動画配信者、広告会社などに報酬を支払っている。2000年の総統選挙前には、台湾の人気ユーチューバーTOP10のうち、6名が中国から金銭を受けとって親中メッセージを流していた。

・人
台湾の地方の村長や学校に通う若者などを協力者にして宣伝活動を展開している。出稼ぎで中国大陸に行く台湾の住民も利用される。

・情報
新聞、テレビ、ラジオなどの伝統的なメディアへの広告出稿、自分の意思で親中的な台湾住民に向けて親中メッセージを発信している者もいる。

●感想

過去の資料の紹介や歴史的経緯などがあって勉強になった。また、台湾について掘り下げていたので参考になった。台湾への軍事侵攻を中国が考えているという話をよく見かけるので、それ以外の選択肢の可能性も他界という解説はとても助かる。

いくつか気になった点もあった。

・最初の方では経済的な話も出ていたのだけど、その後はなくなっていた。香港では現地の経済界を取り込みが早い時点で行われていたし、ペロシ訪台以前は台湾と中国の貿易は増えていた。そう考えると、経済的な結びつきを利用することを中国は当然考えているし、実際経済制裁もおこなっているのでそのへんの解説もほしかった。

・ペロシ訪台後のサイバー攻撃については、台湾は中国が行ったもので苛烈だったとしているものの、内容から考えてそうは思えないとする意見も多い。DDoS攻撃といたずらレベルのものが主だった。

・「慣れ」をよいこととしてとらえているがちょっと違和感があった。なぜなら、「慣れ」とは現状に疑問を持たずに受け入れることであり、その現状がじわじわと中国にとって都合のよい方向に進んだことを受け入れてしまっていることになる。レッドラインを押し上げた軍事演習はよい例で、レッドラインが上がれば上がるほど防衛が難しくなる。

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