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散る。

無力とはあはれ魔王の手の渇き散る花びらを支へむとして
──壱羽烏有


恋人が植物園へ連れていってくれました。
大寒の最中にも、冬の花が彩りを添えています。
蝋梅に山茶花が盛り。
そして、もうひだまりの梅が咲き始めです。

恋人が十月桜の低木にちらちらと咲く花を撮ろうとしたところ、枝に触れてしまいました。
もう花の季節は終わろうとしていたのでしょう、もろく散って……
わたしは咄嗟に、倒れるひとを支えようとするような条件反射で、花びらに手を差し伸べました。

当然、花びらは体勢をたてなおしたりはしません。
手をすり抜けていきました。

散る花が戻るとでも思ったのでしょうか……
なんと愚かなのでしょう。

そのとき、ふと思い出したのは、荘子の『虚舟』
虚舟とは、誰も乗っていない舟のことです。

方舟而済於河
有虚船来触舟
雖有惼心之人不怒
有一人在其上
則呼張歙之
一呼而不聞
再呼而不聞
於是三呼邪
則必以悪声随之
向也不怒 而今也怒
向也虚 而今也實
人能虚己以遊世
其孰能害之

小舟が河をわたっている時に
誰も乗っていない舟がぶつかったとすると
苛立ちやすい人でさえも怒らない

しかし、その舟に人が乗っていると
怒鳴るだろう
一回言っても相手に聞こえず
三回言っても聞こえなかったなら
悪口雑言が出ることは必至である

第一の場合には怒りがなく
第二の場合には怒りがあった
第一の場合には人がなく
第二の場合には人がいたからである

ただ虚として人生を過ごすならば
誰がその人を害しうるだろうか

荘子、山木篇

相手が花であればこそ、無常の前に無力感を覚えることがいかに傲慢であるか……自分の愚かさに気がつくことができたのでありました。

まもなく花が花をついでゆく季節が来ます。

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