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これからの法とデザインのビジョン

市ヶ谷法務店は「法律を身近な存在にする」ための活動だとご紹介しましたが、今回は、さらに私たちの考えを詳しくご紹介したいと思います。

今後、繰り返しお伝えしていくことになりますが、私たちは、志は大きく、デザインと法を掛け合わせて、これまでもっぱら「専門家のための法」となっていたものを「市民のための法」に寄せていきたいと思っています。もちろん、これは法律の専門家を排斥するような考え方ではありません。専門家も、専門家でない市民も、ともに協力していく方向を模索しています。

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これまで法律の世界が専門家が中心だったことには理由がないわけではありません。実際、法律の条文を読み解こうとすれば、その解釈や運用について専門的な知識や技能が必要とされていましたし、現在でもそれは変わりません。「しろうと」が自分の法律問題を自分で法律を読み解いて解決しようとすることは、いわば自分で自分の手術をするようなもので、とても危険です。これは立法の場面でも変わりません。

しかし、そうしたこともあって「ふつうの人たち」を法律の世界から遠ざけてきたことも否定はできません。たしかに、法律の制定から解釈、運用まで専門的な知識や技能は必要ですが、もともと法律は弁護士をはじめとした法律専門家だけのものではないはずです。この点については、上掲の記事にて「理解が難しく、他人事になっている法律」という表現を用いて説明しています。

自分たちが法律を作っているという意識はなく、知らない間に決まり他人事になっています。

これは、言い換えると、「自分たちで決めた法律」という建前に実態がないとも考えることができます。そのため、さらに、法律の存在を知らない、知らないため活用方法も知らない、法律が時代にあっていない、という負のループが起きるのではないかという問題意識があります。これらの問題意識に基づいて、負のループを断ち切り「よい循環」をつくっていくための活動や研究をしていくのが市ヶ谷法務店です。

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そこで私たちが活用するのが「デザイン」の力です。「デザイン」をここで定義することはしませんが、リチャード・ブキャナン(Richard Buchanan)は、デザインの領域を「Four Orders of Design」として、次の4つにまとめています[1]。義務教育課程では「美術」科目の時間にデザインの一部を学ぶため誤解が多いところですが、現在のデザインの考え方は、必ずしも工業製品に用いられる美術装飾だけではないという点にご留意ください。
1:グラフィックデザイン
ビジュアルコミュニケーションを中心としたシンボルのデザイン
2:工業デザイン
インダストリアルデザインを中心としたモノのデザイン
3:インタラクションデザイン
行動やプロセスを中心とした行為(インタラクション)のデザイン
4:システムデザイン
1〜3を内含したシステムや環境(社会課題や社会システムなど)のデザイン

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出典:リチャード・ブキャナン(Richard Buchanan )‘Four Orders of Design’ を参考に作成

このようにデザインの対象領域は広がってきています。

そして、私たちは、法の制定や解釈運用を「共創のプロセス」と捉えることでデザインを有効に適用できるのではないかと考えています。「共創」とは、簡潔に言えば、法律の専門家と専門家でない市民とが共に創りあげていく方法です。そういう意味では、私たちは、エリートが決めたことをトップダウンで実施することを肯定せず、かといって素朴なポピュリズムに陥ることも肯定しません。

そして、デザインの対象領域として法律分野は新しい分野であり、私たちは、先にあげたデザインの4つの領域全てのおいて活用できる余地があると考えています。たとえば、立法プロセスの市民参加や、条文のソースコード化など、共創として法の専門家ではない人が関わることが世界的に広がっている中で(この話は後日記事にしたいと思います。)、デザインはグラフィックデザインだけではなく、Co-Creation(共創)やシステムデザインとして活用されていくと考えています。

事例調査

前述の「法律の存在を知らない、知らないため活用方法も知らない、法律が時代にあっていない」という問題意識から、まずは関連していると思われる国内外の事例調査を行いました。その結果、各事例は5つの領域に分類することができました。それは、リーガルテック領域、オープンガバメント領域、ガブテック領域、シビックテック領域、その他領域の5つの領域です。

以下で、それぞれの領域について簡単に見てみましょう。

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1:リーガルテック領域

リーガルテック(LegalTech)とは、「リーガル(Legal)」と「技術(Technology)」を組み合わせた造語で、情報技術(IT)を活用した法律関連サービスやシステムのことです。日本のリーガルテック領域は⽂書作成、⽂書管理、契約締結、申請 / 出願、リサーチ / 検索ポータル、デューデリ / フォレンジック、紛争解決 / 訴訟の7つに分類できます[2]。
1.1:リーガルテック領域の事例
たとえば、GVA TECH株式会社が運営する契約書チェック支援サービス「AI-CON」や、株式会社Holmesが運営する契約マネジメントシステム「ホームズクラウド」、株式会社Documentary Technologiesが運営する遺言書作成サービスの「遺言書.com」があり、ほかにも下掲の図表1、2のサービスが存在します。それぞれ日本とアメリカの企業が発行している「カオスマップ」であり、顧客向けに主要なリーガルテックサービスが網羅されています。

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2:オープンガバメント領域

オープンガバメントとは、インターネットを活用し、透明でオープンな政府を実現するために行政情報の公開・提供と国民の政策決定への参加を促進する取り組みのことです。2009年オバマ大統領はオープンガバメントの原則として「透明性」・「市民参加」・「協働」の3つの要素を示しています[3]。2013年には国連行政機関ネットワーク (UNPAN) より「市民参画のためのオープンガバメント・データに関するガイドライン」がリリースされました[4]。
2.1:オープンガバメント領域の事例
たとえば、ニューヨーク(NY)州上院議員のWEBサイトは、NY州の立法過程を可視化しています。法案の賛成・反対の意見を送れたり、法案が現在どのようなプロセスに乗っているのかがわかったり、NY州議会の立法状況を確認することができます。法律の制定過程を国民に対して身近にしているといえます。また、NY州議会上院ではオープンデータやオープンソースの取り組みにも力を入れ、「The OpenLegislation API」として公開しており、Github上にも「NY Senate Open Source Projects 」としてソースコードを公開しています。

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さらに、ホワイトハウス運営の「WE the PEOPLE」はWEB上で請願を行える仕組みになっています。政府に請願する権利は、アメリカ合衆国憲法第1修正によって保障されており、国籍を問わず、13歳以上であれば誰でも請願を作成・署名することができます。署名開始から30日以内に署名数が10万を超えると、米政府は「WE the PEOPL」上に公式の返答を行う仕組みになっています。

神戸市はデータ活用に力を入れており、データを公開する意義や政策立案にデータを活かす方法、市民がデータを積極的に活用する素地を育むべく、神戸市職員及び市民のデータ活用リテラシー向上を図ることを目的とする研修「神戸市データアカデミー」を開催しています[5]。また、スタートアップと行政職員が協働する、新たな地域課題解決プロジェクトとして2018年より本格的に動き出したUrban Innovation KOBEは、2019年度下期より「Urban Innovation JAPAN」へと名前を変え、日本全国の地域・社会課題の解決を目指し始めています。

3:ガブテック領域

ガブテック(GovTech)とは、政府(Government)と技術(Technology)を組み合わせた造語で、政府や地方自治体が抱える課題を、テクノロジーの力を活用して解決する取り組みのことです。日本は「デジタル・ガバメント実行計画」のもと利用者中心の行政サービス改革を謳い、サービスデザイン思考(サービス設計12箇条)の導入・展開や統一的な政府情報システムを作り、行政手続きのデジタル化やワンストップサービスの推進、行政サービス連携を推進しようとしています。

3.1:ガブテック領域の事例
電子政府先進国エストニアでは民間との積極的な協力関係を作りながら、政府内データのクラウド化/行政サービスのデジタル化等の電子政府政策を進めています。1998年からの政府内電子化期と、2002年からの行政サービス電子化期を経て、2013年からは国際連携期に差し掛かっています[6]。

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日本ではマイナンバー(社会保障・税番号制度) を活用したサービスが検討されており、「法人設立ワンストップサービス」が2020年1月20日にリリースされました。これは日本政府が運営しているサービスで、マイナポータルの API 提供によるサービス連携の一環であり、今後企業が行う従業員のライフイベントに伴う社会保険・税手続きに係る申請等について、マイナポータルを介しワンストップで行うことができるように拡大されていきます。他にも、「子育てワンストップサービス」や「引越しワンストップサービス」、「死亡・相続ワンストップサービス」が推進されていく予定です[7]。民間企業では、株式会社 AI Samuraiが運営する特許調査の負担の負担を軽減し、知的財産創出を支援する「IP Samurai 」や、株式会社グラファーが運営する⼾籍謄本、住⺠票、課税証明書等をなどをWebで簡単に作成するサービスの「Graffer® フォーム」などがあります。

4:シビックテック領域

シビックテック(CivicTech)とは、「市民(Civic)」と「技術(Technology)」を組み合わせた造語で、市民が情報技術(IT)を活用して、行政サービスの問題や、社会課題を解決する取り組みのことです。米国ナイト財団の2013年の資料[8]では、シビックテックの範囲を以下の5分野に大別しています。
・Government Data(行政データの利活用)
・Collaborative Consumption(シェアリングエコノミー:サービスの共同利用)
・Crowd Funding(クラウドファンディング)
・Social NetWorks(専門家や地域とのネットワーク)
・Community Organizing(市民参加型コミュニティづくり) 

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以下のアメリカのナイト財団によるシビックテックのレポートですが、レポートではないほうをクリックするとテーマごとに関連する事をビジュアライズ化しており面白いです。丸の大きさは投資規模です。
Knight Foundation: Trends in Civic Tech
https://knightfoundation.org/features/civictech/

また、日本でも盛り上がりを見せており、「Code for Japan」をはじめ日本各地に、約80のブリゲードと呼ばれる「Code for X(地域名)」が活動しています。

4.1:シビック領域の事例
ダッピスタジオ合同会社が提供している「FixMyStreet Japan まちもん」は、市民と行政が協力し、道路の破損、落書き、街灯の故障、不法投棄などの地域・街の課題を解決・共有していくための仕組になっており、現在21都市に導入されています。もともとは英国の「mySociety」という非営利団体が始め、影響を受けたダッピスタジオ合同会社が、英FixMyStreetのプラットフォームを利用せずにフルスクラッチで開発しました。

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5:その他の領域

これまでは主にデータを活用した事例を紹介しましたが、違うアプローチの取り組みも紹介します。

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(CCライセンス)を提案している特定非営利活動法人コモンスフィアの取り組みです。
民間から新しい著作権ルールの作成・普及を行い、著作権の意思表示ツールを作り、著作権法が時代に合うように改善しています。現状の著作権法を変えずに、デジタル社会にも使用できるように「この条件を守れば私の作品を自由に使って構いません。」という意思表示が容易になり、いわば著作権の「行使」と「放棄」の「中間領域」を定義することで、作品の共有をスムーズにし、創造性豊かな環境を実現しようとしています。それにより、著作権法のそもそもの目的である文化振興に寄与する仕組みとなるように設計されています[9]。

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事例調査の結果

事例調査の結果として、政策としてオープンデータの活用がかなり行われていることが分かりました。法律情報をデータとしてウェブ上で公開することにより、国家機関の透明性を高め、その説明責任が確保されるだけでなく、行政手続の効率化も検討しやすくなるものと考えられます。また、法律をデータ化することで以前よりも法改正の検討がしやすくなるかもしれません。さらに、今まで市民から見えなかった立法の過程もデータ化されることでその可視化が促進され、市民から公的機関に対して意見を送ればレスポンスが返ってくるようになることも見込まれます。積極的に市民の声を反映することができますし、市民の監視の目を入れることもできるでしょう。このような意味では、政策的に法律情報をデータとして公開することにより、法律が身近な存在になると考えられました。

以上は、一般市民に法律の利活用を促し、あるいは時代に合わせた法改正を促進するという観点から述べたものでした。もっとも、一方で、オープンデータ化だけでは、「存在を知らない」という問題点は必ずしも解決できていません。たとえデータとしてオープンにしても法律情報が難解であることには変わりがなく、法律の存在自体との間に壁が厚いと利活用も改正議論も考えられません。そこで、一般市民の立場として法律の存在をどのように感じているかが気になってきます。

ワークショップの開催:個人の法律に対する問題意識

そこで、個人の法律に対する問題意識を調査し、ビジョンづくりに参考にするため、ワークショップを行いました。

ポストイットに自分が感じている法律に対する問題意識を書き込み、そのポストイットを模造紙に貼って貰いました。テーマは「法律に関係すると思う、普段感じている課題や願望」としました。

ビジョンとは個人に基づいた内発的動機から始まるものである[10]、というように「法律に関係すると思う」と曖昧にした理由は、実際に法律が関係するという事実が重要なわけではなく、「ポストイットに記載した人が何を法律に関係付けているのか」を知るためです。

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ワークショップから得られた、これからの法とデザインが目指す状態の要件
・人々の法律に対する意識が変わっている
・法律との関わりが身近になっている
・人々がより良い社会を作ろうと思っている
・個人の意見が政策、法律に反映されていると感じている

このワークショップからは、個人において法律が自分たちの身近な物事に関わっていることを感覚として持っているものの、関わり方の認識に偏りがあり、また、既にある法律とこれからの政策、道徳観がそれぞれあまり分離されて意識されないということがわかりました。たとえば、既にある法制度に対してより現代的な自身の価値観をぶつけて疑義を唱えるケースが見られました。さらに、意識として自分たちの生活にとって立法は遠いところにあるという暗黙の認識も読み取ることができました。

そうすると、個々人の価値観が多様化する社会において法は多様なニーズに応じて柔軟に変化する必要があり、私たちは、法を自分たちでも考え、積極的に活用し、実態に合わない場合には迅速に改正等していくものとして捉え直すことが重要となると考えています。このような意味で、市民にとって、法が実現すべきビジョンを検討する段階も含めて、より容易に法の実現過程に関与できることが必要になると思います。

平松紘は「指定する法制度の社会的与件としての法意識の主体は、「法の対象者」であると同時に「法の使用者」であると考える」[11]と指摘しており、民主主義は制度の働き方を絶えず監視し批判する姿勢によって成り立っているといえます[12]。

そこで法に関するそのような過程を「活用する」「守る」「改善する」「作る」という4つの視点をから捉えることが考えられます。これによって、法に対する関わり合いが、行政からのトップダウンだけでなく共創の関係になり、市民も無関心という受動的な関わりから積極的な関わりへと変化してくきっかけを掴めるのではないかと考えています。

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今までの法との関係図

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これからの法との関係図

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今までの法とこれからの法を比較した図

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これからの法(「作る」「活用する」「守る」「改善する」)を表した図

最後に

この「作る」、「活用する」、「守る」、「改善する」の事例は、また今度紹介しようと思います。最後まで読んでいただきありがとうございました。

話は変わりますが、下記はFour Orders of Designについてリチャード・ブキャナンがインタビューに答えている記事です。もしよろしければご覧ください。

参考資料

[1]Buchanan Richard . Design research and the new learning. Design Issues、 17 (4)、 3-23、(2001)
[2]CLOUDSIGN:日本のリーガルテック2020_第1版.pdf
[3]The White House:Open Government Directive; https://obamawhitehouse.archives.gov/open/documents/open-government-directive 2020年02月01日アクセス
[4]市民参画のためのオープンガバメント・データに関するガイドライン(「オープンデータ活用!」というFacebook グループの有志による日本語訳)https://docs.google.com/file/d/0B5Kgc6WHI5rPVGRjeWlXc19QQzQ/edit
[5]神戸市:オープンガバメントの推進~ICTやデータを活用したまちづくり~ ; https://www.city.kobe.lg.jp/a05822/shise/opendata/index.html 2020年02月01日アクセス
[6]経済産業省:平成28年度電子経済産業省構築事業 (「デジタルガバメントに関する諸外国における先進事例の実態調査」 ) 調査報告書 2017年3月31日; https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/H28FY/000454.pdf
[7]政府CIOポータル:デジタル・ガバメント実行計画 令和元年12月20日; https://cio.go.jp/sites/default/files/uploads/documents/densei_jikkoukeikaku_20191220.pdf
[8]Knight Foundation “The Emergence of Civic Tech” Investments in a Growing Field; https://www.slideshare.net/knightfoundation/knight-civictech
[9]クリエイティブ・コモンズ・ライセンスとは; https://creativecommons.jp/licenses/
[10]佐宗邦威:直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN(岩波ブックレット) ; pp.51-60、(2019)
[11]平松紘:日本文化会議編『日本人の法意識』<調査分析> ; 1974巻、27号、pp.165-169、(1974)
[12]丸山 真男:日本の思想 (岩波新書) ; pp.172-173、(1961)


「法律を身近に」をビジョンに掲げる弁護士とデザイナーの課外活動。
運営:平塚翔太(弁護士/第二東京弁護士会)、稲葉貴志(デザイナー)
協力:いろいろな人たち
連絡先:hiratsukahoumu@gmail.com

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