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ピリカグランプリ初参加~自分の明かりを~

家に帰って明かりが点いてるとホッとするんだよな。
イルミネーション輝く街を見下ろすレストランで彼は呟いた。

俺ん家って共働きで、小学生の時からランドセルに家の鍵ぶら下げてさ、親が帰ってくるまで留守番してたんだ。だから明かりの点いた家がうらやましくって。自分が電気点けないでいたいってずっと思ってた。

  いつもより饒舌な彼の唇を見ながら、もしかしたらプロポーズのつもりなのかな?とわたしはぼんやり考えていた。

ねぇ聞いてる?
不意にわたしの目を覗きこんで彼が言う。

聞いてるよ、暗い部屋に帰るのって侘しいものね。
彼の1DKの部屋を思い出して少し顔が赤くなる。

 だから…俺の為に、家に明かりを点けて待っててくれないかな。
コップの水を一息に飲んでわたしの手を握りしめてそう言った…その手の中に光る指輪を包み込んで。

こうして始まったふたりの生活。
営業職の彼の為に、明かりを点けるのに加えて靴を丁寧に磨くのが日課になった。
結婚して仕事を辞めて、夫を支え家を守る生活も彼の望むことだった。
 しかし最初の妊娠が途中で残念なことになりもう望めそうにないと医者から言われてから彼は少しずつ変わっていった。
 それでも何も言えずひたすら支えてきたが、ふとパートに出ようかなと考えて夫に伝えると「いいんじゃない?ひとりでいても仕方ないでしょ」とひと言返事をして話は終わった。
 ひとりでいても…それがどれだけわたしを傷つけたのか…今の夫にそこまでの感情はないようだった。

 久しぶりの外の世界は、すっかり様変わりしていて見るもの聞くものが新鮮だったが、3時にパートを終え、夕食を作り明かりを点けて夫を待つ生活は崩したくなかったのでパート終りに仲間とのお茶も極力断って家路に急いだ。
 子供は望めないがふたりで時間作ってあちこち旅行に行きたい、いずれは持ち家を持とう、そのためにも少しでもお金を貯めよう。
そう決めた数年後、ようやく『自宅』が完成した。

  引っ越しを終えた夜。
夫を喜ばせようとご馳走を用意して家中の明かりを点けて帰りを待つわたしに
「ナニ考えてんだよ!電気代が勿体ないだろう!」帰宅早々に怒鳴る彼にプロポーズの日の面影はなかった。
 
自分が守ろうとしたもの、自分が愛したものの全てが崩れた瞬間だった。
 きっと彼は他に明かりを求めたんだろう。度々家には無い匂いをさせていたのを知らない顔していたのに…悔し涙か涙が溢れて止まらなかった。

 ほどなく私達は離婚した。
彼の為に明かりを点ける…それは即ち自分の為ではなかった。
 今度は自分の明かりを点けよう、今は豆電球ほどの明かりだけどほんのり温かい灯がある。
この明かりはきっと点いたまま胸の奥を照らし続ける、そうだよね?と訊く代わりにそっと肩に頭を預けた。

(1118文字)



★ピリカさん、並びに審査の先生方、少し暗めな話ですがどうぞよろしくお願いいたします。

 
 
 

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