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私の幸せを決めないで

こんにちは

実家に帰省中ということで、ずっと会えていなかった祖父母の家にお邪魔してきました。そこで、色々あって悲しくなってしまったので少し私の気持ちを書かせてください。あまり明るくないお話なので、嫌だったら無理に読まなくて大丈夫です。

家にお邪魔して数分すると、私が今年で20歳になるという話になりました。そこで出たのが祖父からの、「彼氏はいないのか」という質問でした。私は茶化すように、「いないんだよー」と返しました。すると祖父は「あと10年もすれば、旦那さんがどんな人か見れるかな」と言ってきました。

別に真に受けることでもないし、気にしなければいいだけなのに、私が卑屈な考えをしちゃうのが悪いのですが、ここで私は、どうして結婚することが前提なの?と思ってしまったのです。しかも、久々に会った孫に対して、東京での生活について聞くでもなく、大学について聞くでもなく、真っ先に出るのがそんなへづまらないことなのかと、呆れてしまいました。もちろん本人には言いませんでしたが、正直、今は結婚とか恋人のことよりも、目の前にあふれる学びとチャンスを逃さないようにすることで精一杯です。それに、医療ソーシャルワーカーというキャリアにもこだわりがあるし、それを結婚というもので左右されることは絶対に避けたいという意思もあります。そんな私の考えなんて知らずに、ずけずけとプライベートに踏み込んでくる祖父に、嫌悪感が強まってしまいました。

80代の祖父母ですから、結婚して家庭に入ることが一番、という考えが根底にあることくらいは私も分かっています。それでも、久々に会った孫にする話がそれなのかと思うと悲しいし、ショックでした。そんなことはないずなのに、努力して選んできたここまでの道のことも、結婚というものが第一という祖父母の雰囲気のせいで、ぜんぶぜんぶ、否定されたように感じました。そんなに結婚することが大事なのでしょうか。私は一生独り身でも、医療ソーシャルワーカーという仕事に全力を注ぎたいし、従事したいと思って今を頑張っているのに。それを応援してはくれない言葉たちに失望しました。昔の祖父母はもっと違ったと記憶していたけれど、私の儚い期待に過ぎなかったと気づかされました。

誰が何と言おうと、私の一番の幸せは結婚でもなければ出産でもありません。今の私の最大の幸せは、夢を追いかけて一途に努力できることです。私は他人に、自分の幸せの定義と条件を押し付けるような人間にはなりたくないです。本人の想いと希望を尊重して、背中を押せるような人間になりたいし、なります。こんな悲しい気持ち、誰にも味わってほしくない。こんな気持ちにさせておいてあとは結婚するだけだなんて、よく言えたものです。こんな悲しい想いをしたまま、結婚に前向きになんてなれるはずがないのに。

どっと疲れてしまいました。悲しい気持ちがなかなか拭えないけれど、本でも読んでこたつでぬくぬく過ごそうと思います…。愚痴ってごめんなさい。どうしても、1人で抱えきれなくて。読んでくださってありがとうございました。

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