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ヒマワリへ敬意を #シロクマ文芸部


ヒマワリへ敬意を払う。
それがこの夏、部の合言葉。
だからみんなゴッホになりきって、何枚もヒマワリの絵を描いた。
まぁわたしは一枚だけだけど。
しかも完成していない。
「ヒマワリを青色で塗るってすごいね」
夏休みの美術室、わたしは彼女にいった。
「なにがすごいの?」
すかさず彼女からトゲトゲしい言葉が返ってきたから、「神経」と短く答える。
すると彼女はガシャガシャとすこし乱暴に絵筆を水で洗い、わたしのヒマワリを覗き込んだ。
そして嘲笑う。
「そっちの神経もすごいね」って。
「よくそんなつまんない色で描くよね」って。
「ヒマワリを黄色いで描くってものすごい神経だね」って。
ふぅん、そういうこというんだ。
奇抜ならいいってわけじゃないと思うけど。
だってあなたピカソじゃないし。
ヒマワリへの敬意も感じられないし。
それってもうゴッホへの冒涜にもあたると思いますし!
言い返したい言葉はほかにもせん浮かんだが、わたしは黙ってつまんない色でヒマワリを描き続けることにした。だって彼女、樋口美月とまともに会話することは不可能だから。

「顧問の鈴木先生が好き」
最初にそういったのは、わたしのほうだった。
そしたら彼女は、「え、アレのどこがいいの?」と呆れた顔をしたんだ。
「アレをかっこいいとは思わない」とか、「アレよりサッカー部の昌司しょうじ先輩のほうが何億倍もいい男だ」とか、「アレの髪型って天パ?へんなの」とか、ずっとわたしの鈴木先生を〝アレ〟呼びして冒涜し続けた。
それなのに、昌司先輩とかいうやたらとかっこつけたツーブロックできのこ頭のサッカー小僧が卒業したとたん、流れが変わった。
突然、「アレもなかなかいいじゃん」と言い出したのだ。
それからの彼女はすごかった。
顧問の鈴木先生を「ユウマ」と下の名前で呼び捨てし、制服のシャツを第三ボタンまで外して近づいて、「何色が好き?」とか耳元で囁き出したのだ。
許せなかった。
だって、わたしが最初に好きって言ったのに。
美術部に入部して二年半、ずっと先生だけを見つめ続けてきたのに。
だからって彼女に対抗したわけじゃないけれど、わたしは鈴木先生を〝ユマユマ〟とかわいく呼ぶことにした。
胸は色気があるほどにはないからスカートを短くして脚で勝負を挑む。
「何色が好き?」と聞いて「青」と答えられてもヒマワリを青で描くほど神経ぶっ壊れてはいないから、「樋口さんは昌司先輩とラブラブなんですよ」と出鱈目なことを耳元で囁いた。
「きのこ頭が好きなんです」とか。
「天パのことは呪うほど嫌ってます」とか。
というのは全部妄想で、そんなことはできなかった。ただ黙って、隙あれば色目を使って先生に近づく彼女から目を離さない。
そして日に日に不安が募る。
「鈴木先生が彼女を好きになってしまったらどうしよう」
その不安は常時わたしに纏わり続け、ジリジリと太陽が日差しを照りつけるかのごとくわたしを疲弊させ、わたしに一枚の絵を完成させることさえ困難にさせた。
そうしているうちに、ゴッホが七枚ものヒマワリを描いたのは他に考えることがなかったからではないかという罰当たりな考えさえ脳裏をよぎるようになる。
それでもわたしには、潤いを欲してジタバタすることなど出来はしなかった。
じっとして、太陽に照り付けられるがまま静かに焦げていき、茶色く枯れ果てていくのを待つしかないとさえ考えた。

「ユウマが結婚するって、だれに聞いた?」
彼女はまたも、乱暴に絵筆を水で洗う。
「同じクラスの、リサちゃん…」
わたしが答えると、「ふーん」と彼女は口を尖らせて、また青色を絵筆に付けた。そして、「わたしも本人から聞いたわけじゃないけど」とか「お互い失恋だねー」とか小さく呟いて、ヒマワリを青く染めていく。
そう、わたしの心配をよそに、鈴木先生は樋口美月を選ばなかった。どこぞの誰かと結婚するらしい。
向葵あおいちゃんさ、どうするの?諦めるの?ユウマのこと」
彼女の質問は続いたが、わたしは答えない。
ただひたすらにキャンバスの上につまらない色を重ねていきながら、あなたに関係ないと心の中でつっぱねた。
向葵あおいちゃんってさ、よくわたしのこと無視するよね?」
当たり前じゃん、裏切り者。
「わたしのこと、嫌い?」
ついにきたか、その質問。
よくぞ聞いてくれました。
内心そう思い、ずいぶん前から用意していた答えを恐る恐る口にした。
「う、うん…き、嫌い…」
答えたあと、わたしは無意味に絵筆をガシャガシャ洗い、うつむいた。
こら、こんな時まで弱気になるなよ。
そう自分に喝を入れたけど、顔はあげられない。
とても怖かった。でもなんてことはない。
「わたしも嫌い。向葵あおいちゃんのこと、嫌い」
わたしの頭に降ってきた彼女の言葉は、とても清々しいものだったのだ。
「ユウマを好きな女なんて、大っ嫌い」
これって変かもしれないけれど、彼女の言葉になぜかとても勇気が湧いてくる。
「わ、わたしも……〝ユマユマ〟を好きな女なんて、だ、大っ嫌い……」
両手にぎゅっと力を入れて、吐き出した。
すると彼女は吹き出して、「ユマユマは草」とかいって笑い出す。
その清々しいほどの笑い声を聴いていたら、力が抜けた。
「わたしたち、両思いだね」
彼女がそんなことをいって、「嫌い同士で両思いは草」とわたしは言い返し、そしたらまたゲラゲラ彼女が笑うから、つられてわたしもすこし笑えた。
なんだかとても可笑しくて、可笑しくて、可笑しくて、涙がついポロッと溢れてしまいそうなほど笑いが込み上げてくる。
「わたしたちって案外仲良くできそうじゃない?」
彼女のその質問には10秒ほど考えて、「それはない」と首を振ったけど。

「わたしたちの絵、向かい合わせて出品しない?」
彼女からそう提案を受けたのは、夏休みが終わってすこし経ったころ、秋の美術展のすこし前のことだった。
お互いに描いたヒマワリを、睨み合うように向かい合わせて出品したいという。
そしてタイトルは、「太陽め、敬意を払え」。
鈴木先生にしてみればいい迷惑だろうと思ったが、結婚してしまった人に遠慮することないよと彼女は笑った。やはりどうかしているのかもしれない。しかもわたしが神経を疑っているそばからまたおかしなことを言い出した。
「じつは夏休みの最終日、昌司先輩と駅でばったり会ってさ、キスしたんだよね」
えっ。わたしはつい目を丸くする。
「ど、どうして?」
「わかんない。なんか夏も終わるし、いいかなと思ってさ」
彼女はそう言って、キノコを桃色に染めていく。
やっぱりこの女、目が離せない。

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またまた、シロクマ文芸部さんに参加させていただきました。
ありがとうございます。

このお話しは、小学生のときの夏休みの宿題で絵を描いた思い出から書きました…✨

太陽を見上げるひまわりを正面から絵描いてきた人が多い中(わたしもそう)、ひまわりが横を向いて太陽にそっぽむいている様子を描いてきた男の子がひとりいて、「なんで?」と聞いたら、「太陽が敬意を払わないから」との返答で、一週間くらいずっとその男の子のことを考えてしまったという淡い思い出です……。(やかましい)

失礼しました。
『ヒマワリへ』むずかしかったです。

わたしの稚拙な文章を読んでくださいまして、誠にありがとうございます。

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