『ほっこりする話』 春風亭㐂いち

幼馴染のカオリちゃんという子がいた。
家が隣で同い年。親同士も仲が良い。
しっかり者で、可愛いくて、学校行くとき向かい来てくれて、手繋いで引っ張ってくれて「裕吉、宿題やった?」と聞かれ「やってない」と答えると「もう~じゃあ私がやっちゃうから待ってて!」と通学路の公園のベンチでカオリちゃんが私の宿題やってくれた。それを私は後ろで鼻ほじったり、チンチン掻きながら待っているとカオリちゃんが「ねぇ!チンチン掻かないの!」と叱ってくれた。すごい良い子、カオリちゃん。
学校もふたクラスしかなかったんで、クラスも一緒。
とにかく、ずーっと一緒に遊んでた。遊んでたっていうか、一緒に居た。泊まり行くし泊まりくるし、風呂も一緒に入る。周りの同級生が「ヒューヒュー」みたいなこと言う。私がもじもじしていると「違う!ただの幼馴染!」とカオリちゃんが制してくれた。
きっと私はカオリちゃんと結婚するんだろうと、彼女に貰ってるもらうんだろうなと思っていた。安泰だなと。
しかし、案の定、私が小学校三年で転校してからは疎遠となった。

二年くらい前のことである。
カオリちゃんが結婚したって話を聞いた。相手は中学の時の同級生らしい。
それ聞いて、彼女に急に会いたくなった。
普通に親に連絡取ってもらって会えば良かったのだが、わざわざ新婚夫婦に時間作ってもらうのも悪いと思い、何より恥ずかしく思い、偶然を装って会えればベストだった。なんなら遠くからカオリちゃんを見るだけでもいい。でも彼女がどんな仕事なのかとか何にも知らない。
住んでるマンションは知ってたので、そのマンションにとりあえず行ってみた。
マンションのポストに名前がないタイプのマンションだった。でもまぁよくよく考えたら結婚してたら苗字変わってるから、どっちみち分かんなかった。
マンションの前でずっと立ってるのはちょっと怪しいんで、離れたところで、冬だったんで上着の襟立てて、缶コーヒー飲みながら。完全に張り込みの姿。もうこれ以上いると夜席間に合わねぇなと思いその日は引き上げた。そしてまた翌日に張り込みに出かけた。
なんとなくそれが私の日課になりつつあった。

四回目くらいの時に、「今日も駄目か…」って帰ろうとしたら、若い男女とすれ違った。私は俯いていたため顔は分からなかったのだが、男の人がその隣の女性に「あ、カオリ」と声をかけたのが耳に入った。後ろ姿しか見えなかったけれど、身長、髪の毛、確かにカオリちゃんだった。その場で声をかけようとしたが、勇気が出ず、、、
しかし部屋だけでも確認しとこうと思い二人をつけ、部屋番号を確認し、心の準備もあるから、とりあえず後日だなと決心して帰宅した。
なんか用もないにも会いに行くのはおかしいと思い、前座勉強会のチラシを持って、それを渡すっていう程で会いにいくことにした。
後日、私は勉強会のチラシを手にし部屋の前に立っていた。
ピンポーン。
「はい?」と旦那さんが出てきて。
「あ、突然申し訳ございません。小林裕吉と申します。あの奥様はご在宅でしょうか?」
「あぁはい、いますよ。おーい、サオリお客さん」
、、、、、サオリ?
「はーい」って、全然、知らない『サオリ』さんが出てきた。
「はい?あ、どちらさまですか?」
私は人違いですとも言えず、
「、、、あの今度、落語会をやるんでもし良かったらいらしてください」
「あ、そうなんですか、どこでやるんですか?」
「浅草の稲荷町です」
そのマンションは武蔵境だった。まぁまぁ遠い。
「がんばってください」って言われた。
それが変に思われないようにカモフラージュでそのマンション中全部にチラシ手渡しで配った。
結局そのマンションにはカオリちゃんは居なかった。

それがご縁でサオリさん夫妻がよく落語会に来てくれている。
色々なご縁があるものだ。

2020.6.20

来週は与いちです。

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