『組体操』 春風亭㐂いち

「私はね今の世の中こそ学校教育で組体操が必要だと思っているんですよ」

そう熱く筆者に語ったのは日本組体操連盟理事長日下部達夫(65)である。

昨今の各小中学校で行われる運動会、体育祭では組体操が危険と見なされ減少傾向となっている。そこで今回筆者は北鎌倉から徒歩20分の場所にある日本組体操連盟を訪ねた。アポなしで行ったのにも拘らず理事長の日下部は筆者の取材を快く引き受けてくれた。日下部は語る。

「今の子供っていうのは団結とか規律っていうものに物凄く疎いでしょ?ずっと携帯でピコピコやって一緒に体を動かすどころか喋ることすらしない。私は以前は教職に就いていたんですが長いこと現場を離れていたので、今のこの教育問題というものにだいぶ疎かったんですがね、孫が産まれたのをきっかけにまた少しずつ教育の事を考えるようになりましてね」

この日筆者はアポなしで日本組体操連盟を訪ねたのだが、勿論それなりのリサーチをしてここを訪れている。正式な『日本組体操連盟』というのは存在しない。日下部達夫が個人的に立ち上げた非公式な団体なのである。もっとも日下部以外ここに携わっている者はいないため団体とも呼べない。さらに驚くことに日下部が教職だったという記録はなく、孫どころか結婚すらしていない。日下部は組体操の魅力をこう語った。

「今は本当に信頼し合うっていうのが希薄でしょ?目の前の相手を信頼、信用して物事に取り組む。これがやっぱり社会に出て一番大事なことだと思うんですよ。その『信頼』というのはこの組体操において必要不可欠なんですね。相手を信じ仲間と共に一つの事を成し遂げる、そして何より組体操は身体を使ってそれを体感できる、これが組体操の魅力ですよ。やっぱり集団社会を学ぶ上で成長過程の7歳から10歳までのこの辺りっていうのは特に必要なことだと思いますね」

日下部には前科があった。下校中に女子児童を自宅に連れ込み二日間監禁したのである。取り調べで日下部は「児童の三半規管を鍛えたかった」と述べた。幸いにも女子児童は無事保護され二年間のカウンセリングを受け今は結婚をし幸せな家庭を築いている。日下部は現在も保護観察中だ。たまたま筆者が取材に来た日に監察官が訪れたが日下部は監察官を「町内の見回り組だよ」と答えた。日下部は組体操に魅力をこう続けた。

「今スポーツっていうのはほとんどが男女で分かれてる。サッカーでも陸上でもなんでもそうでしょ?それはまぁ体格的にも体力的にも否めないところはありますがね、その点で組体操はどうですか。男女関係なく取り組める。そして肌と肌が触れ合うんです。汗と汗が絡み合うんです。そういった競技は今ないんですよ」

そこで筆者はフィギュアスケートはどうだろうと尋ねてみた。昨今フィギュアスケートは浅田真央、安藤美姫、高橋大輔らの活躍で競技人口は爆発的に増え、特に男女でチームになり取り組むペアやアイスダンスといった競技が大変な人気である。そう筆者が尋ねると

日下部は少し間を置き「私はスケート出来ないんです」と答えた。日下部は続けてこう語った。
「何よりピラミッドですよ。人間ピラミッド。これは組体操で欠かせないでしょ。どっかの大学の先生が言ったらしいんですよ、三段までにしろって。そんな面白くもなんともないじゃないですか。やっぱり最低でも八段くらいやらないと」

その時である。二階でドン!という大きな物音がした。なんの音かと尋ねると「猫を飼ってるんですよ」と答えた。「ミケ静かにしなさい!お客さんが来てるんですよ」再びドン!ドン!と音がする。猫のような体重の軽い小動物が何をしたらこのような大きな物音が出せるのだろう。「全くまぁ。ちょっと様子を見てきます」と日下部は二階へ上がり5分ほどして戻ってきた。肩で息をし額にはうっすら汗をかいている。

「寂しがり屋なんですよ、うちのタマ。それでなんでしたっけ?」

そこで筆者はYouTubeに上がっている十段の人間ピラミッドに挑戦し失敗する某小学校の運動会の模様を撮影した動画を見せ、ピラミッドの危険性を主張した。

「分かってないなぁ~。この子供達が崩れていく時の顔、堪らないじゃないですか。達成出来なくてもいいんですよ。むしろ出来ない方がいい。この顔、ほらこの失敗した時の子供のこの顔ですよ、私はこれを見たいんです。うちのポチもねよく外に出たがるんです。でも危ないから出さないようにしてるんです。それでも脱走しようとして。二階の鍵はね結構簡単に開いちゃうんです。でも玄関の鍵ってのが特殊で。なかなか簡単には開かないんですよ。よく玄関から出れなくてうずくまって泣いてるんです。その顔がなんとも言えなくてね~~」

筆者はそれで取材を取りやめ、この家を後にしすぐに警察に通報した。

2019.10.12

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