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猫ボラやめます

私たちは社会に美味しいを提供して幸せな循環を作りたいんです。

え?給料?
そんなもんでませんよ、なぜなら私たちの使命は皆に美味しいと言ってもらうこと。
ギリギリで運営してるので給料はないです。

もしお金がなくて食事ができないという人にはあなたの実費で提供してください。
なぜなら私たちは人々の笑顔が見たいから。

勤務時間?
毎日に決まってるじゃないですか。

そんな会社があったら働きたいだろうか。
月一くらいで関わるのならまあまあ、とは思うけれど毎日は無理。
保護猫の活動をしてる人はこんなブラック企業よりもブラックな状況で苦しんでる人が多いのでは?とこの間の投稿でたくさんいただいたコメントを読みながら思いました。
いい生活するなという投稿で、電話までくださって共感しましたとか、メッセージもたくさんいただきましたが、あんな投稿で共感する人がたくさんいる世の中はあかん😂

僕はブラック企業出身ですが、めちゃくちゃな勤務体制とパワハラ気質でも給料は一応出るので、ブラック企業がかわいいと思えるような地獄の保護猫活動をしてました。
2回くらい貯金なくなってお先真っ暗になりましたね。
だから無償でなんでもやりたくない。

そもそも僕の表現も悪いと反省したことがありました。
保護猫の活動をしてる人を『猫ボランティアさん』と表現していたこと。
これからはそう呼ぶことをやめます。
保護猫活動家さんと呼びます。
ボランティア=無償でなんでもしてくれると思われるのはいやです。

時間的、体力的な労力は無理しない範囲でいくらでも猫のために使っても苦にはならない。
けれど、金銭的なことは苦にしかならない。
「猫のためにやってるんでしょう。」
「あなたが好きだからやってるんでしょう。」
そんな軽々しい言葉で医療費の負担もして、無償でなんでもするのが当たり前だと言わんばかりに何もせずに押し付ける人が電話してこられた日には血圧上がりまくり。
そんな言葉を活動家の人たちはこれまでたくさん言われてきたんだろうなぁと思うとやはり変えていかないとこの先続きません。

自分の財布と活動の財布は分けて考えてます。
財布を分けたなら、事業として継続していくために財布の中身がなくならないようにお金の出入りにシビアに。
そんなことを10年発信してきました。
寄付をいただくことは恥ずかしいことでもなんでもないし、寄付で成り立つ事業になってほしいし、無償でやりたい人は無償でやったらいいし、考えが違っていちいちバトルする必要ないし。

収支報告は?とか聞かないといけないような信頼してない相手に寄付する必要もないし(そもそもこの言葉は99%寄付してない人から言われる)、受け取る側も信頼されてない人から寄付を受け取る必要もないし。
だから皆様に近くでこういう活動してる人につながってほしいし支えてほしいんです。

継続することが本当に難しい活動。
顔の見える距離感で信頼し合って支えてくださる人がどれだけいるかが勝負です。
38歳の僕が若手と呼ばれて、その下の世代がまだまだ少ない現状で後世にバトンタッチしていくには、まずは金銭面で赤字にならないように社会がこの活動の価値を認識すること。
なんとなくそうなりそうな気がしてるし、また10年後に振り返ったら、そんな時代もあったもんだと言えてる自分でありたいと思ってます。


ベジニャンシリーズ食べて応援してください🍛🍜🍝
 


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