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一押しは「夏物語」

top:「夏物語」装画:村瀬恭子

 一押しに「夏物語」いとをかし

 人は生まれる時からそれぞれの物語が生まれる。
 それぞれに生きる季節によって物語も変わってくる。
 生む生まないの問いかけが、泣き笑いの物語に一瞬の光を放つ。

今夏の読書図書
多和田葉子 白鶴亮翅はっかくりょうし
川上未映子 夏物語
柳美里 JR上野公園駅

昨夏の読書図書
小川洋子 密やかな結晶
紫崎友香 春の庭
西加奈子 サラバ!


 笑橋しょうばしや「夏物語」いと可笑し

 夏子が暮らしていた大阪の町、『乳と卵』では「京橋」だったのが、『夏物語』では「笑橋」に変わっている。

 巻子の働いているスナックは、大阪の笑橋しょうばしという場所にある。わたしたち親子がコミばあのところに夜逃げしてから、三人でずっと働いてきた街だ。高級なものとはいっさい縁がなく、飲み屋街ぜんたいがこう、茶色に変色しながらかたむいているような雑多な密集地帯である。
 一杯飲み屋、立ち食いそば、立ち食い定食屋、喫茶店。ラブホテルというよりはラブ旅館、みたいな廃墟のような一軒家。電車みたいに細ながい造りの焼肉屋、冗談みたいな煙にまかれているもつ焼き屋に、いぼ痔と冷え性の文字が大きくひとつの看板に掲げられてる薬屋。店と店のあいだには少しの隙間もなく、たとえばうなぎ屋の隣にテレホンクラブ、不動産屋の隣に風俗店、びかびかした電飾とのぼりのはためくパチンコ屋。店主がいるのを見たこともない判子屋に、何時であっても薄暗く、どの角度からみても不気味で不吉なゲームセンターなんかが、ところ狭しとひしめいている。
 それらの店に出入りする人たち、ただ通りすぎる人たちのほかには、公衆電話のまえでうずくまったまま動かなかったり、六十は余裕で超えているようにみえる熟女が二千円でダンスできますと客引きをしていたり、浮浪者や酔っ払いはもちろんのこと、じつにいろいろな人がいる。よく言えば人懐っこくて活気があり、見たままを言えばがらの悪いこの街の、夕方から深夜までマイクのエコーがわんわん響きわたる雑居ビルの三階にあるスナックで巻子は夜の七時から十二時頃まで働いている。

追記 「大阪弁」の物語り


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