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AIスピーカーは心を繋ぐ

「これからの時代はAIだ!」

大人たちはみんなそう言うけれど、本当かな。今日も先生が「今ある職業のうち、かなりのものはAIでできるようになってしまうから、なくなってしまう。だからAIにはできない、人間でなければできないことをできないとダメなんだ」って言っていたけれど、ピンと来ない。

今ある職業のうち、かなりのものをAIがやってくれるなら、人間の生活はもっと楽になるはずだけれど、一方では「超高齢社会がますます進むから、君たちが大人になったときは一人で何人ものお年寄りを支えなければならないぞ」なんて言われる。それはAIが面倒みてくれないの? よくわからない。

僕がAIを信用しない一番の理由はうちのAIスピーカーだ。あいつははっきり言ってバカだ。最初の頃は、「1756×456は?」って聞くと「800736です」なんて答えてくれて、「わ、これで宿題が楽になる!」と思ったけれど、けっこう聞き間違いが多い。
「ヨアソビの曲、かけて」
「ヨルシカの曲をシャッフル再生します」
「鬼滅の刃の主題歌、かけて」
「すみません、よくわかりません」
こうした聞き間違いや聞き取れないことがすごく多くて、今では家族中で「こいつはAIスピーカーじゃなくてエーカゲンスピーカーだな」と言ってバカにしている。そんなAIに仕事を奪われる? マジで?

◇           ◇

「友達に何かしてもらって嬉しいことってあるよね?」

学活の時に担任の先生がみんなに問いかけた。みんな、ほぼ無反応。そりゃそうだ。この先生が悪いわけじゃないけれど、僕らはとにかく小学校六年生なのだ。大人から問いかけられて「はい、はーい!」と元気に返す時代はとっくに終わっている。思春期? 反抗期? 別にどう言ってくれても構わないけれど、そんな問いかけに無邪気に反応なんかしていられない。しかし、担任の先生は構わず話し続ける。

「それってちゃんと『ありがとう』って言ってる?」

無反応。

「言っていることももちろんあるだろうけれど、言えていないこともたくさんあるんじゃないかと思うんだよね」

無反応。

「たとえばね、加藤くん。」

無反応軍団の一員である加藤があてられた。可哀想に。加藤。お前に同情するよ。なんで指名されちゃったんだろうな。その理由はわからないけれど、多分今日のお前の寝癖が目立ったんだよ。

「君が消しゴムを落としたとして、隣の山西さんがひろってくれたとする。君、ちゃんと『ありがとう』って言える?」
「言えますよ」

加藤がムッとしながら答えた。うん、でもそれだったら俺だってちゃんと「ありがとう」って言うと思うな。

「じゃあ、君が理科室にノートを忘れてきたとする。それに気づいた山西さんが持ってきて君の机の上に置いてくれたとする。放課後が終わって教室に帰ってきたら、机の上に理科のノートが置いてあった。誰が置いてくれたのかわからない。するとクラスの別の子が『山西さんだよ』と教えてくれる。その時、君の心には山西さんへの感謝の気持ちが生まれているだろう。ところが山西さんはすでに帰っている。次の日、君は山西さんにお礼を言う?」

ずいぶんとこみいった仮定だけれど、それはまあ確かにわざわざお礼を言ったりはしないだろうな。しかし、どうでもいいけど山西ってそんなに親切なやつじゃないぜ。

「あるいは西原さん」

お、今度は女子があてられた。

「さっきの国語で高野くんが面白いことを言って笑わせていたでしょう? あのとき、あなたも笑っていたよね?」
「はい、笑っていました。」

俺も笑ったよ。だって高野がやる校長先生の真似、そっくりなんだもの。

「笑っていたということは、楽しかったり幸せだったりしたわけだよね?」
「幸せってほどではないけれど、まあ楽しかったです」
「それ、高野くんにお礼を言う?」

クラスがどよめく。そんなことでお礼を言う? そんなことあるわけないじゃん!

「言わないです、いちいち」

西原が答えた。もっともだ。

「そうですよね。わざわざ言わないですよね。」

担任の表情が変わった。僕にはわかる。これは何か企んでいる顔だ。この人は何か新しいことを企んでいるときにこの顔をする。その企みのほとんどはろくでもないことなのだけれど、たまに面白いことを言い出す。今回はどうだろう?

「でもね、その『わざわざ言わないありがとう』を伝え合うと、君たちはもっと仲がよくなるんじゃないかな、と思うんですよ。」

ああ。今回はろくでもない方だったか。なんだよ、朝の会で「ありがとうタイム」でも作ろうっていうの? そういうのって破綻するよ、絶対。だって、何しろ僕らは小学校六年生なのだから。誰も手をあげなくて終わりになるんじゃない?

「あの、先生」

クラスでも一番の面倒くさがり屋である中田が手をあげた。

「中田くん、なんですか?」
「『わざわざ言わないありがとう』は、『わざわざ言わない』から『わざわざ言わないありがとう』なんですよ。それ言っちゃったら『わざわざ言わないありがとう』じゃなくなっちゃうんですけど。」

やれやれ。担任の先生が言っていることもだいたいわけがわからないけれど、こいつが言っていることもよくわからない。どうなるんだ、この学活。

「君たちに『ありがとう』と言わせようなんて思っていませんよ。」

先生がニヤニヤしながら言った。え? だってさっき「『わざわざ言わないありがとう』をつたえ合う」って言っていなかったっけ? 我慢できなくて僕も手をあげた。

「でも、さっき『つたえ合う』って言ってませんでしたか?」
「さすが住田君。よく聞いていたね!」

先生は嬉しそうに、そしてちょっと勝ち誇ったようにこう言った。

「君たちの『ありがとう』という気持ち、AIスピーカーに言ってもらいます。」

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