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絶罪殺機アンタゴニアス外典 〜この熱き血潮に懸けて〜 #3

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 降り来たる。可視化され、擬人化された地獄が。
 迫り来たる。万物を嘲り嬲る、機械の牢獄が。
 巨大な宇宙服の如きソレは、最初の一機に続いて更に二つが、ホバージャンプ機構を用い轟音を響かせながら簡易耐爆シェルターの残骸の上に着地した。
 ソレは薄緑色の走査光を全周囲に投げかけると、首を傾げてこちらを見た。
「あ? なんか情報と違うやつがいるんだが?」
「え、めちゃラッキーじゃん?」
「なんか知らんが雑魚騎馬兵いなかったから収まりつかねえところだったもんな」
「あー、でも男だわ。ガキの方も多分男だが全然いける」
「俺は男はちょっと……拷問して、切り刻んで、今日の晩飯コースだな」
「俺は男でもいいぞ」
「「マジかよ」」
 ……一体どういう訳なのか知らないが、恐らく標的である少年──トウマを前にして、ソレの搭乗者たちは無駄口を叩き始めた。まるで10代の子供が粋がって自分が如何に残酷であるかを競うような下らない内容はしかし、明日の予定を確認するような日常的な調子で喋り遊まれる。
(わざわざ外部スピーカーをオンにしているということは、こちらを油断させるためか?)
「違うよ──彼らはただこの状況を心底楽しんでいるだけだ。序壱式機動牢獄の力に、酔っている」
 こちらの考えを読んだかのように、トウマが呟いた。
「機動……牢獄。パワードスーツの様な物か」
「そんな物とは隔絶しているよ。あれは囚人たちが特殊刑務作業に従事する際に搭乗する更生支援兵器。僕が作り出すことになる新世界の──否、地獄の番犬だ」
 雑談から猥談に発展していたお喋りが止まる。こちらの会話に機敏に反応して三体の機動牢獄達が一斉に表面に複雑なエネルギーラインが走る黒いバイザーをひたりと向けた。
「まあそういう訳で、死ねやおっさん」
 手にした銃の様な物──大半が罪業場で構築された蛍光グリーンの半透明の機械的射出装置を一斉射撃。先程の弾着の解析結果から、打ち出されるのは非実体、つまりは罪業場。その性質は恐らく「膨張」。触れた物体はメタルセルユニットだろうが人体だろうが区別なく弾け飛ぶ。そして弾道は直線。
 ならば銃機勁道の使い手である義眼の男に取って、それは全く脅威ではない。
「飛ぶぞ」
 トウマを片手に抱えたまま、飛蝗功による大跳躍。その反動を用いて勁力弾射撃。男の義眼は非実体弾を正確に捉え、それに真正面からぶつけた。
 結果、勁力弾は膨張に耐え切れず散華し……「勁力を宿したまま」隣の弾の破片とぶつかり合い、絡み縺れ、そして再び一つの弾丸に瞬時に再成形された。自己鍛造プロセスに勁力を組み合わせた超絶的功夫である。
 勁力弾はそのまま直進し、罪業場銃で唯一の実体部分である銃把にぶつかり光の花を咲かせた。同時に絶叫が迸る。銃把に組み込まれていた外付け罪業変換機関の断末魔だった。
「なっ……?」
 一瞬で武器を失った機動牢獄達は咄嗟に動けない。その隙に射撃の反動を更に用いて義眼の男は急降下、着地。トウマをそっと下ろす。
「何故僕まで助けるんだい? 殺してくれと言っているのに」
「……俺の雇い主は、お前が『戦争を終わらせる』と言っていた」
「ああ、もうそんな噂になっているんだ。誰かがリークしたかな? それはある意味で合ってはいる。けど、僕が生きていると世界はより悪くなる」
「どちらにせよ、話が見えてこないうちはお前を生かす」
 義眼の男は両銃を握り直す。腕を眼前で縦十字型に交叉させる銃機勁道の構え。
 機動牢獄たちは武器を失ってはいるが、彼我の質量差は圧倒的であり相手の突進を受けただけでもひとたまりもない。また、あの冷気纏う装甲も罪業場が組み込まれているのが「視える」。通常の射撃は全く通用しないだろう。
 だが。
「戦力の追加投入がされないうちに片付ける。ここで三分待て」
 そう言い残すと、男は機動牢獄に向けて疾走を開始。腕の構えを解く。捻りを加えた筋肉を通じて展翅勁が銃身に宿り、ライフリングの向きと噛み合い、発射される弾丸の回転が相乗される。
「そんな豆鉄砲効くわけねえだろ、アホが!」
 混乱から立ち直った機動牢獄たちは背中のバックパックから通常火器である20mm機関銃を取り出すと男に向けて弾幕を張る。
 しかし、常に狙いの一歩先に義眼の男は居た。全ての弾が、当たらない。機動牢獄に搭載されている高度な射撃管制装置を以ってしても、義眼の男の禹歩にも似た奇妙な走法は予測不可能だった。
「なんなんだてめえはよおおお!!!」
 機動牢獄は絶叫すると腕部グレネードランチャーからありったけの焼夷弾をばら撒く。しかしそれらは空中で華々しい炎を吹き上げるだけに終わった。「ゆっくり」進んでいた先程義眼の男が発射した弾丸達が全て迎撃したのだ。
 義眼の男は全てを先読みし、途切れることのない連環勁を繰り出す。巨大な股座の下に潜り込むと、速度と体重を乗せた渾身の撞勁弾を真上に発砲。銃身は赤熱し、まるで曳光弾の様に輝きながら地と天を繋ぐ軌跡を描いた。装甲ごと、搭乗者は身体の正中線を貫かれて即死。
「死ねやああああ!!」
 銃機が効かないと即座に悟った残りの機動牢獄たちは武装を変更。全身のエネルギーラインが輝くと全周囲に向けて鋭い薄緑色の罪業場が迸り、軌道上の全てを切り苛んだ。メタルセルが崩落し、辺り一面を埃と瓦礫が覆った。
 もうもうと立ち込める金属塵の中から義眼の男は無傷で姿を表す。手にしていた破壊された機動牢獄の破片と搭乗者の爆ぜた上半身を投げ捨てた。同士討ちを避ける為の敵味方識別機構が働き、義眼の男を守ったのだ。そういった機能があることも、義眼は読み取っていた。
「言いたいことが二つある。一つ目。貴様らは、何処の誰だ」
 銃機勁道の起勢の構えを取りながら、男は質問する。答えを期待してはいなかったが、意外にも機動牢獄に収監されている罪人は答えた。
「知らないで俺らに逆らってたのか? たかが片田舎のセフィラの奴が?」
「今この時も〈法務院〉に情報は伝わってる。てめえは絶対逃さねえし逃げられねえ」
「〈法務院〉……」
 まるで聞いたことのない勢力だった。少なくとも〈栄光〉セフィラにも、近隣の〈美〉〈峻厳〉
〈基礎〉に於いても存在しない。つまりは更に遠くの豪族ということになる。しかしセフィラ間を繋ぐのは両極を始点とするか細いリニアレールのみであり、このような巨大な機動牢獄を運ぶ事など不可能な筈であった。それ故にセフィラを覆う戦火は専ら内戦で止まっているのだ。
「とにかくてめえはここで終わりだ! 直接踏み潰し……て……?」
「な……おい、なんでカンオケが動かねえ?」
「二つ目は、」
 男は深く息を吸い、ゆっくり吐くと、一瞬身体を震わせ抖勁弾を撃った。
「誰であろうと貴様らは殺す」
 赤、金、白と段階的に眩さを増して加速する抖勁弾は宇宙服のバイザーの繋ぎ目……構造上最も脆い部分を貫いて内部で思う様跳弾し、中身をズタズタに引き裂いた。
 ぼこん、と内側からハンマーで叩いたかのように機動牢獄たちが膨れ上がり、そのままゆっくりと倒れる。先の粉塵に紛れて放たれた6発の鉛玉が、脚部アクチュエーターに通じる罪業回路を断ち切っていたのだ。
 男は機動牢獄が床に叩きつけられる振動と爆音を背後にすると、トウマの元へと向かう。
 先程の切断罪業場は無差別に襲った筈だが、やはりトウマは無傷であった。
「おかえり。見事だったよ。機動牢獄を生身で倒せる人間なんているとは思わなかった。さあ、僕を殺してくれ」
「……ここを離れる。まずは、馬を探す」
「乗ったことがないんだけど」
 義眼の男はその言葉を無視すると、倒壊した馬房へと歩き出す。
「そういえば、まだ貴方の名前を聞いてなかったな」
 トウマの言葉に男は振り返り、暫くトウマの顔を眺めてから、答えた。
「……パット。パット・マーロウ」
「パット、か。僕を殺す男の名前にしては、あまり劇的でも詩的でもないな」
 義眼の男──パットは今度こそトウマの言葉を無視すると、圧死していない罪業馬を探し始めた。
 トウマは周りをとことこと歩き回る。
「うわ、なんか死体踏んだんだけど」
「死体ではない。馬だ。掘り起こす」
「馬……これが……? 気色悪い! 乗りたくないんだけどこんなの!」
「……馬は可愛いだろう」
「えっ」

 これが、金属の殻に覆われたこの世界を永久に変える事になる事件の最初のあらましであり、
 稀代の大虐殺者となる二人の最初の出会いであった。

【続く】

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