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盤蠱覚龍征伐譚

 今朝、お爺が死んだ。梁に縄をかけ、ぶら下がっていた。私は苦労してお爺を下ろすと、予め掘ってあった墓穴に埋めた。
 私が残ったのは怪我で動けないお爺の世話のためだった。お爺がどうやって首を縊ったのか、私は墓の横に座りそればかりを考えていた。
 やがて大地が脹らみ、戻った。
 龍の呼吸。
 後三回の呼吸で、この国は滅びる。

 蕃古ばんこという国名は、元は「万呼」といった。臥龍の上に建つ国は、龍が万回の呼吸をした後、龍の目覚めの時に滅びる。皆知っていて、放置した。龍の一呼吸は人間の暦で半年だ。
 いよいよその時が近くなり、王は討伐軍を組んで頭嶺あたまみねに親征した。民が見かけた王の姿はそれで最後だった。その晩、頭嶺が百呼振りの火を吐いた。

「お前、目が死んでいないな」
 静かに煙を吐き続ける頭嶺をぼうっと眺めていた私は、傍からの声に飛び上がった。見ると、薄汚れているが一目で貴人と分かる軽鎧を身につけた少年が立っていた。
「良し、付いて来い」
 軽くそう言うと、歩き出してしまう。私が混乱し動けずにいると、
「龍火の中、先代は身罷られた。今は俺が王だ。付いて来い」
 言葉で、気付く。鎧に配われたるは臥龍の紋。紛う事なき王族の証。
「女、名はなんと言う」
「……鐘音ベルン
 鐘音、と一回確かめる様に私の名を口の中で転がしてから、少年……王は快活に笑った。
「良き名だ。俺も名乗りたい所だが、龍の奴輩めに名は喰われてしまった」
 そう言って首元を曝け出す。目を逸らしたくなる程白い喉は、無惨に裂けていた。
「その傷は……」
 その時、大地が膨らみ私はたたらを踏んだ。龍呼。同時に、頭嶺から黒い煙が立ち上がった。
 ただの煙ではない。近づいて来る。
「奴の眷属だ。鐘音、剣はあるか」
 私はぶんぶんと首を振る。
「ならばこれを使え」
 王は佩いていた剣を寄こすと背中の弓を番えた。
「盤蠱」
 硫黄の臭いが近づいて来る中、ふと王が呟いた。
「俺が喰らった龍の名だ」

【続く】

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