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Re:End

 綺麗に終わろうね、という約束を、石楠花栖花しゃくなげすみかは果たせなかった。
 そして私は約束に囚われたまま、今も生きている。

 誰かの悪意によろめいた。水筒の中身が飛び出し制服を濡らす。私が振り返る前に忍び笑いは潮を引き、31名の女子高生が帰り支度をしている教室の粘ついた圧力に顔を上げることすら出来ない。
 俯いたまま、教室を出た。

雛罌粟ひなげしさん」
 人のいない階段の陰で、改めて水筒の中身を飲もうとした私は、呼ばれて振り返った。
「えいっ」
 水筒を取り上げられて、あろうことか飲まれてしまう。頭の中が真っ黒になる。私は衝動を抑えるのが苦手だ。
 自分より背の高い女の子に組み付くと、有無を言わさず頭を引き寄せて口の中に舌を突っ込んだ。隅々まで舐め回す。まだ奥に流し込まれていない〈栖花〉を、一粒でも回収する為に。
 どん、と突き飛ばされ、二人ともしばらくげほげほと咳き込んだ。
「……本当だったんだ。妹の遺灰を飲んでるって噂」
 口元を拭いながら、私の行為に驚くでもなく、平然と彼女は言った。クラスの子じゃない。胸元のタイの色を見ると、三年生。
「……誰?」
 質問してから、沈澱していた泥のように記憶が舞い上がった。
 三年前。栖花の葬式。母娘。怒号。揉み合い。母親を突き飛ばした大人を冷たく睨み付けた女の子。
「……梔子梗子くちなしきょうこ
「今は君と同じく苗字は変わってるよ、石楠花棟花とうかさん」
 栖花を山にばら撒いた男の娘は、そう言うと水筒をちらりと見たので、私は身を固くした。
「君、どうしてこの学校に来たの?」
「それ、は……」
 栖花とHPを見て、制服が可愛いから絶対ここに行こうねと、約束したから。
「栖花さんと、約束したからだろ?」
「ど、」
 どうしてそれを、という言葉は喉の奥に詰まって出てこなかった。飲み込んだ栖花の灰が邪魔をしているのかもしれない。
「ねえ、」
 梔子梗子は笑う。
「綺麗に終わりたくない?」

【続く】


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