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プリパラ建築家 フランク・ロイド・ライト

カバー画像は「東洋の宝石」と呼ばれた帝國ホテル前で寫眞に収まる、ダリアオリエンタルコーデ着用のいであ♪

筆者はフランク・ロイド・ライトの建築が大好きです。東京都千代田区内幸町に、1923年から1968年まで建っていた2代目帝国ホテル(現在は愛知県犬山市の博物館明治村に、玄関部分のみ再現されている)をはじめとして、池袋の自由学園明日館。兵庫県芦屋市の旧山邑邸など、アメリカの建築家でありながら、日本において複数の作品を遺しています。
彼の建築を見、そして中に入って椅子に腰掛けて感じることは、建物が自分を受け入れてくれているような、優しさと寛容さ、そして親しみやすさ。静かな高揚感とあたたかな落ち着き。なんと居心地のよい空間なんだろう。いつまでもここにいたい。そう感じさせるのが、フランク・ロイド・ライト(以下ライト)のつくる空間であり、建築です。
そこで私はふと思いました。「ここはプリパラなのではないか?」と。
ライトの建築論や、建築にこめた思いを辿ると、それはまさにプリパラの精神そのものであるといえるのですが、まずは、実際に目で見て、触って体感できる部分からみていきたいと思います。主に帝国ホテルを例としながら、ライトの建築の卓越した点、そしてプリパラにおいて実現されている似ている点を挙げていきます。
この文章は、筆者がライト建築にふれ、そして彼の建築論にふれた印象をもとに、思いのままに書いたものであり、精緻な学問的裏付けを行なったものではないことをご了解願います。


ライトのデザインやディテールに見出されるプリパラ

ライト建築が与える印象は、親しみやすさや落ち着きからくる居心地のよさであるといえます。筆者は、以下に挙げるような特徴が、その居心地のよさを実現しているライトの建築の卓越性であると考えています。すべての項目が、プリパラがもつ特徴とひとつひとつ符合するわけではもちろんありませんが、各項目についてみていきます。

  1. 人体のサイズに合わせたスケール感

  2. 適切に区切り、適度に見通せる空間

  3. 目の拠り所となる多彩なディテール

  4. ディテールの遠近・連続による把捉感

1.人体のサイズに合わせたスケール感


ライトの建築を訪れるとき、事前に写真や映像を観、そののちに実物を観ることが多いのですが、そのほとんどの建物で抱く印象は「思ったより小さい」というものです。人は、自分に対してより大きいものに、一旦の警戒や緊張を抱きます。部屋の広さ、天井の高さ、廊下の幅、建具の高さや把手の大きさ、そういったものが、必要にして十分な大きさに抑えられていることは、対象に対して圧倒されることなく、自らと対等な建物であると感じるためにとても重要な役割を果たしています。
プリパラにおいては、各々のプリパラへの取り組み方は異なっていても、皆それぞれがアイドルであり、アイドル↔︎アイドルという対等・対称的な関係が構築されています。ここが、現実のアイドル↔︎ファンという、非対称的関係と異なる点であり、一般的用法での「推し↔︎推される」と質的な差異があると考えられるところです。このことにより、プリパラ内ならではの、アイドル同士の健全な関係性が実現されているのではないでしょうか。(プリパラにおける「推し」については別な機会に論じてみたいと考えています。)
また、後の節でみていきますが、プリパラアイドルとアイドルテーマパークプリパラの関係性も同様です。めが兄ぃやめが姉ぇをはじめとしたプリパラのシステムは常にアイドルに寄り添い、アイドルの活躍を後押ししてくれます。応援しトモダチでいてくれるほかのアイドルたちと共に、プリパラはアイドルにとってとても気安く、安心できる場所となっています。

2.適切に区切り、適度に見通せる空間

ライトは、空間同士を壁と扉によって隔たれた矩形と矩形の連続とすることはまず行いません。家具や建具、そして後述のディテール等によって、どこまでが空間A(例えばリビング)で、どこからが空間B(例えばダイニング)であるかという区切りを適度に曖昧にすることで、空間に開放感をもたせつつも、身近なサイズ感を失わせず、単一の広い空間がもつよそよそしさを打ち消しています。例えば、帝国ホテルにおいて、ロビーで寛ぐ知り合いの宿泊客をラウンジから見つけたとします。手を振り目を合わせ、近づき声をかけることもできるでしょうし、また、もしその宿泊客がプライベートな会談をしているようであれば、遮る柱や装飾による適度な距離感から、気にすることなく寛ぐこともできるでしょう。
まず、見通せる空間という点においては、アニメ「プリパラ」の描かれかたにその特徴を見出すことができます。物語の折々に挿入される、プリパラを上空から眺めたような見取り図・鳥瞰図的なカットは、我々にプリパラの全体を把握させ、どこになにがあるのかを認識させてくれます。こうした描写のおかげで、我々はプリパラの世界に強い親近感をもつことができ、プリパラの中がどのようになっているか、そしてそこにいるアイドルたちがどこでなにをしているのか、とてもありありと想像することができます。
また、互いの距離感を絶妙にコントロールできる仕掛けは、プリパラにも存在しています。入園時になりたい姿形になれること。そして、プリパラ内では、ひらがなカタカナと絵文字に限定された名前を使用します。プリパラ外の人間関係をプリパラ内に持ち込むこともできれば、そうしないこともできます。アイドルとプリパラとの関係性も多様です。SoLaMi Smileのように神アイドルを目指す(そして神アイドルになる)アイドル。一方、愛媛なおのように、他のアイドルのライブを楽しみにするアイドルもいます。蘭たんやちあ子のように、ライブ以外の形でプリパラに参加するアイドルもいますし、栃乙女愛のように、プリパラの外にメインとなる活躍の場があるアイドルもいます。アイドルたちは、自らのありたい形で、プリパラとの距離感を選択することができるのです。

3.目の拠り所となる多彩なディテール

とはいえ、帝国ホテルは一般的な住宅と比べると極めて巨大な建築です。そして、多くの人が集まる共用部には、そのための大空間がどうしても必要です。ライトは、その巨大な空間においても、階段や手すり、装飾や家具によって空間を文節化し、少しでも身近なサイズ感となるよう構成しています。ロビーからラウンジ、ラウンジから喫茶室へと昇る構成にその妙を観ることができます。また、ロビーから繋がる大食堂入り口付近の低い空間にも同様の取り組みがみられます。
我々は、目を向け易い箇所に、ある程度複雑な興味をひくディテールを見つけると、どうしてもそこに視線を向け、その詳細を観てみたくなります。そして、自らの心と関心を、その対象へと向けてゆくのです。
近年の都会的で洗練された大きなホテルのロビーは、そのほとんどの場合、天井が高く、大空間をもち、シンプルな意匠で形作られています。もし不慣れなホテルであれば、一歩足を踏み入れたとき、その空間に驚き、圧倒され、また目のやり場に困り、その場にひとりあまってしまった気持ちになることもあるでしょう。
帝国ホテルにおいて、そのようなことはありません。ポルトコシエで自動車あるいは人力車を降りたその時から、温かな印象の大谷石でできた表象の壺が出迎えてくれます。そして同じく、すぐ近くに触ることができる大谷石の彫刻と、テラコッタのレンガに誘われながら、玄関を潜り、その低い天井が終わると3階まで吹き抜けとなったロビーに到達します。この大空間においても、光の籠柱をはじめ、すぐ近くの触れられる箇所に大谷石とテラコッタが連続します。こうした見目麗しい彫刻に心を向けながら、関心を向けながら、気がつくと空間に対しよそよそしい気持ちがなくなっていることに気づきます。
このことは、プリパラというよりも、子供向け作品に共通する特徴かもしれません。子供向け作品の玩具・本・ゲーム筐体のデザインに観られるのは、一見過剰ともいえる細やかなディテールとモチーフ。そしてその積み重ねです。プリパラ筐体を例に見てみましょう。筐体は、鏡台(ドレッサー)をモチーフにした形状と考えられます。それ故、ボタン周辺・プリチケ読み込み部周辺には、アクセサリーやメイク道具のイラストが、高密度で配置され、画面左右には、たくさんのアイドルたちの姿があります。次に、アニメ本編・筐体のライブを見てみます。画面の周辺部には、アイドルのキャラクターから連想される、ハート・ダイヤ・波紋といったエフェクトが終始次々と現れます。このことは、物語世界内においても同様で、アイドルのコーデ、ステージやメイキングドラマにおけるセットの形状や色彩、背景の装飾や紋様まで、ディテールの積み重ねが見られます。プリパラ内の建物や設備、使用される文字の配置と書体などにも同様の特徴を見出すことができます。こうしたデザインが子供向け作品に多くみられることは、おそらく、その眼差しが近視眼的になりがちな子供達にとって、見目麗しく、関心を持ちやすく、そしてその関心を持続することができる特徴なのではないかと思われるのです。
さらに、アニメ・筐体におけるプリパラ内の描写は、先立って指摘した鳥瞰図的カットの挿入に加え、ライブを開催する手順や、コーデやメイキングドラマの制作といった具体的な描写によって、子供達はリアリティを感じ、よりありありと、その世界にワクワクできるのではないでしょうか。
また、プリパラにアイドルが初めて入園するときのことを考えてみましょう。90話の月川ちりのことを想起してもよいかもしれません。プリズムストーンに入ると、所狭しと素敵なコーデが溢れていて目移りしてしまいます。そうしてカウンターへ向かうと、めが姉ぇが自分に似合うブランドを選んでくれ、そのままゲートをくぐって鏡を見れば、そこにはプリパラの中にいる理想の自分の姿があるのです。時には、偶然出会った先輩アイドルが、手を引いてプリパラのゲートへと誘ってくれることもあるかもしれません。自分が好きな、キラキラだと感じるモチーフや憧れに手を引かれて、プリパラへ通っているうちに、いつしかプリパラが、ありのままの自分でいられる、気安い場所へと変化していくことでしょう。

4.ディテールの連続による把捉感

ライトの建築における親しみやすさや優しさを与える要因は、その過多ともいえる装飾だけではありません。帝国ホテルが、どうしても大きな空間を必要とする建築であることは、先に指摘しました。ライトは、柱や階段、その他の装飾等で空間を分節する他に、次のような手法でその大空間を、親しみのもてるものとしています。大谷石の彫刻、異形テラコッタ、木材によるモールディング、銅版細工の透かしといった装飾は、その大空間にももちろん存在しています。一般に、天井の高い空間や、その高く遠いところにある装飾が与える印象は、手の届かない憧れとよそよそしさと疎外感といったものです。ライトの建築においては、その点がうまく解消されています。手の届かないところにある装飾と全く同じものが連続して、我々の手の届く位置にも存在しているのです。3層吹き抜けを貫く光の籠柱はもちろん、各階から触れることができます。ラウンジにおける高い天井のモールディングは、ティー・バルコニーの低い天井において触れることができます。通常触れることの叶わない、屋外の屋根においてさえ、広く張り出した銅板細工の軒は、2階ギャラリーの天窓において、すぐ近くに触れることができます。このように、遠いところにある部材や意匠と、近いところにあるそれとを共通化することによって、広い空間がよそよそしいものとなることなく、開放感そのままに親しみのあるものとなっているのです。
プリパラではどうでしょうか。2つの異なるレベルで同様な構造があります。ひとつは、物語世界内のプリパラのあり方です。プリパラは、おそらく小学生が放課後に遊びに行くことができる間隔で立地しており(小学校区と同じくらいか)、それゆえ、ローカルな親しみやすさがあります。そして、一度なかに入れば、メジャーランクやトップランクのアイドルたちと同じコーデと、同じ楽曲でライブをし、同じ目線で語り、時には一緒にライブをすることも叶うのです。憧れのアイドルたちの日々のライブや、日常の姿をすぐ近くで見ることができ、言葉を交わせる。こうしたプリパラでのひとときは、プリパラアイドルたちにとって、自らの目標や夢へのリアリティを、みるみると高めてくれることでしょう。
もうひとつは、物語世界内と我々の関係性です。プリパラが描く、夢を持ち寄り、互いに協力し合いながら憧れのアイドルを目指せる場所としてのプリパラ。現実に、プリパラそのものはありません。しかし、プリパラの精神を備えた場所は、そこかしこにあります。メインターゲット層である子供たちにとって、プリパラ筐体こそが、プリパラそのものでしょう。アニメで見る憧れのアイドルたちと一緒に、同じコーデと楽曲、メイキングドラマで遊ぶことができるのです。では、我々においてはどうでしょうか。我々は、プリパラの精神を備えた場を、自らの周りに見出し、そしてつくることができます。同じ興味や趣味、理想を持った仲間同士が集まり、各々が叶えたい夢や目標を応援し、協力しあう。そうした場所は、街に足を踏み出し、あるいはインターネットの大海に漕ぎ出せば、見つけることができます。そしてそこがあなたにとってのプリパラとなるかもしれません。

ライトが建築に込めた思い

続く節では、ライトの建築論が、プリパラの精神に共鳴する箇所をあげてみます。

1.ライトが劇場に込めた思い

ライトが帝国ホテルを設計するにあたり、劇場を盛り込みました。この劇場についての考え方が、大変にプリパラの精神に通じたものであるため、下記に紹介します。(植松 2019)
ライトの自邸と設計事務所であるタリアセンには、ライトの叔母らが運営する私立学校があり、その学校の講堂で生徒たちが芝居や楽器の演奏などを披露するのを、ライトは楽しみにしていたようです。またライトが設計する住宅にも、子供部屋などに小さな舞台が設けられることが多く、子供たちが芝居を親たちに披露することで、自主性を育み、親たちも子供の遊びを見て楽しむ。そうして家族の関係性を育もうとしていました。帝国ホテルの劇場は、観る側の人たちが世界中から来ており、客同士の絆が目的という違いこそあれ、その延長線上にあったといいます。
帝国ホテルを建設中、自由学園の創始者羽仁もと子と少女たちに出会い、少女たちの歌を聴いて涙するライトの姿を植松は次のように描写しています。
「ライトは常に強気で、時には、ちょっとした法螺も吹くし、やや軽佻浮薄な印象もある。それでいて心の中には、きわめて重いものや、弱い部分を抱えている。繊細だからこそ、あれほど美しい建物を創れるのだ。その隠された一面が、少女たちの歌声で、ふいに表に出たに違いなかった。もと子や少女たちも、もらい泣きしている。 ライトは何度も涙を拭いて、新に言った。
ーーーこういうものをこそ、私は帝国ホテルの劇場で見せたいのだ。 海外から来た人々に、日本人の美しい姿を見てもらいたい。美しい歌声を聞いてもらいたい。どれほど日本の印象が高まることかーーー
新は、その意図を理解した。旅行の楽しみのひとつは、地元の人々とのふれあいだ。歌舞伎や浄瑠璃ではなく、こんな普通の少女たちの歌を聞いて、少しでも言葉を交わせたら、さぞ満足してもらえるに違いない。」(植松 2019)
宿泊客と地元の人々という立場の差異こそあれ(アイドルタイムでの遠征を思い浮かべてもよいでしょう。プリパラアイドルたちにとって、旅先のプリパラを訪れることも日常の風景なのかもしれません)、劇場とそのはたらきへの想いは、プリパラのそれに重なるものといえるでしょう。

2.創造的で自由な人間を育てる建築

アイドルタイムプリパラにおいて、夢不毛の地パパラ宿で、プリパラ再興を成し遂げた、夢川ゆいとパパラ宿のアイドルたち。彼女たちは、失われた夢を再び見つけ、プリパラを自分たちの手で作り上げていきました。
ライトは次のように語っています。
「ここで私が有機的とよんでいる建築は, もしわれわれが生存し続けることができるならば、真のアメリカ社会が、 必ず最後にはそこに基盤をおくであろうところの建築なのである。普通の人が自分の可能性を一個の人として独自の創造的で自由な人間としてためす自由を与え、そのうえで育てさせる建築である。」(ライト 1954)
プリパラの中では、誰もがアイドルです。そこに実力の差があったとしても、誰でも自由にライブを行い、メイキングドラマを作り、チャンスがあれば、コーデやブランド、ショップを立ち上げることもできます。そうして成長したアイドルは、次の誰かの夢が生まれるその日を祝うことができるのです。
キラッとプリ☆チャンの文脈ではまさに「やってみなくちゃわからない。わからなかったらやってみよう」そのものであるといえるでしょう。

3.なりたい自分になる手助けをしてくれる建築

プリパラは、なりたい姿になり、好きなコーデを着て、仲間と一緒になりたい自分を目指せる場所です。その一方、すべての夢が努力なしに叶うわけではなく、システムがアシストしてくれる中で、夢へと向かう努力をすることができるような仕組みとなっています。
ライトは、著作の中で次のように語っています。
「われわれはみな、自分がよい服を着ているときに感じるあの気持ちを味わったことがあり、そしてその結果としてもつ自意識の経験がある。それはわれわれの行為に影響を及ぼすが、自分の住む家についてもこれは同じである。これは道徳的な有益な効果であるが、もっと高い段階において考えれば、道徳的段階をこえたより高い効果があるのだ。もし自分が自分にふさわしい家に住み、よい社会と自分の良心との高い要求に従って生活していると感じれば、あなたは当惑に悩まされることはなく精神は豊かになる。私は常に自分の着るものに気を配った。きちんとした身なりをしていれば、着ているもののことを忘れられるからである。これは自分の住まいである家にとっても同じである。あなたの家が正しく、自分に正直でふさわしいと意識していれば、そしてあなたがこの家で美しく生きているのであれば、あなたはもうこの家について思いわずらう必要がない。こうなれば家はあなたの行動の何の負担にもならないし、あなたの自尊心を傷つけもしないだろう。その家があなたがこうありたいと思う通りにあなたを生かしてくれるからである。」(ライト 1954)
お気に入りのコーデを着て、ライブをするときのことを想像してみてください。そして、プリパラのシステムと仲間のアイドルたちが、あなたの夢を後押しし、共に進んでくれるそのプリパラの光景。ライトは、それをそのまま、建築のうちに実現しようとしているといってよいでしょう。
プリパラアイドルたちにとってのアイドルテーマパークプリパラのあり方は、そのまま我々にとってのプリパラの物語のあり方に相似します。我々がプリパラの物語をまなざすとき、その物語世界のありようは、一見我々の世界と大きく異なった、大変理想的なもののようにみえるかもしれません。しかし、ひとたびその物語を理解し、共感し、そこから翻って現実を見つめたならば、我々はこの世界のそこかしこにあるプリパラを見つけることができるでしょう。そして、そうした場に身を置くことによって、自分の夢や目標を再確認し、それを実現させるような生きる活力や方向が見えてくるかもしれません。プリパラの物語は、現実の世界を、我々が理想とするかたちに引き上げようとする営みに、力を添えてくれるのではないでしょうか。

4.おしゃれなあの子真似するより、自分らしさが一番でしょ

ライトは自身の建築論を語る際、次のように前置きしています。
「次に掲げる建物の図版は、それらの建物に生き生きとした活力や、完全性や、魅力を与えている根本的な原理を示すに足るものとして、多くの作品の中から精選されたものである。これらの根本原則がより深く理解されること、したがってそれらの効果が模倣されることがより少なくなることを、わたしは今もなお望んでいる。 だれの作品もわたしの作品に似る必要はない。ここに見られる効果の背後に、本質が働いていることを人びとが理解するならば、諸君も建築する上で、諸君自身の方法に似たような完全性を持つようになることだろう。」(ライト 1955)
これはもう、解説不要な「オシャレなあの子マネするより自分らしさが一番でしょ」そのものでしょう。住まう人が自分らしく自由に生きることができる建築において、その本質が実現されているならば、各々が自身の方法で、自身のプリパラを実現することをライトは願っているのです。

おわりに

本稿をお読みいただき、ありがとうございます。まず、本稿作成にあたりきっかけをくださったI監督。応援のお言葉をくださったF先生に感謝申し上げます。
筆者がライト建築とプリパラに惹かれている結節点を文章にできればと思い、筆を執ったものです。冒頭の通り、印象のままに書き綴ったものであり、正確性や論拠については、ご容赦いただきたく思います。追加・指摘等いただけるようでしたら、ありがたく頂戴いたします。
ありがたいことに筆者は、プリパラの精神が実現しているといえる場に多数、身を置かせていただいています。プリティーシリーズを通じて親しくしてくださる方々はもちろん、趣味である自動車を通じて知り合った方々、1920-40年代の工藝や藝術、衣装などを楽しむ同志、しばしば集ってくれる高校のときからの友人たち。
筆者にはプリパラをつくるという夢があります。同好の士が夢を持ち寄って、協力し、応援し合える場所。ライト建築とプリパラの精神を備えた場です。本稿を出発点の証として、その実現に歩みを進めていく所存です。

参考文献

アニメ『キラッとプリ☆チャン』全話 監督 博史池畠 シリーズ構成 兵頭一歩
アニメ『プリパラ』全話 監督 森脇真琴 シリーズ構成 小林理敬 森脇真琴
アニメ『アイドルタイムプリパラ』全話 監督 森脇真琴 シリーズ構成 小林理敬
アニメ『アイドルランドプリパラ』#00-#09 監督 森脇真琴 シリーズ構成 小林理敬
挿入歌『Make it!』 作詞 森月キャス 作曲・編曲 渡辺徹
挿入歌『ThankYou❤Birthday』 作詞 三重野瞳 作曲・編曲 森慎太郎
Lloyd Wright, Frank, 1955, An American Architecture, Horizon Press.(谷川正巳・谷川睦子訳, 1970, 『ライトの建築論』彰国社.)
Lloyd Wright, Frank, 1954, The Natural House, Horizon Press.(遠藤楽訳, 1967, 『ライトの住宅 自然・人間・建築』彰国社.)
明石信道, 1972, 『旧帝国ホテルの実證的研究』東光堂書店.
植松三十里, 2019, 『帝国ホテル建築物語』PHP研究所.
高梨由太郎, 1923, 『帝國ホテル』洪洋社.
西尾雅敏, 2010, 『帝国ホテル中央玄関復原記』博物館明治村.


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