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吾輩は猫である、名前が二つある(感動のエッセイ)

今、住んでる家にやって来る野良猫に毎日、餌をあげている。

さび猫のプリンちゃんだ。毛の模様が汚いし、目つきもよくないしあまり可愛いとは思えないけど、猫が身近にいる生活は楽しいものだ。

一階に住んでいる僕は、窓を開けると猫が立っているから家の中にいながら、外の猫に餌をあげられる。これはすごく楽しい。


餌を待っているプリン

引っ越してきたのが去年の3月だから、もう1年以上になる。

この猫には名前が無かったのだが、同じ家に住んでいたブラジルのエミリーが「プリン」と名付けてプリンになった。

僕の住んでいる家は山を切り開いたところにある。コンクリートの階段があり、斜面に沿って隣り合う家があるから、隣家を上の家、下の家と呼んでいる。

来たばかりの頃は下の家の庭でプリンが日向ぼっこしているところをよく見た。いつもポーッとした顔の赤い人の良さそうなおじいさんと、その娘らしき人が住んでいる家で、空き家になってしまった。

僕以外に、この家の住人が餌を与えていると思っていたから、自分とエミリー以外に、この猫を可愛がる者がいなくなってしまった、と思った。

山にある家だから、森からアライグマの親子がやって来てプリンの餌を横取りすることがあった。

深夜にバリバリと骨を砕くような音をたてて餌をむさぼる音と、プリンのものとは思えない獰猛な獣の息遣いが聞こえた。網戸をガラッと開けて懐中電灯で照らしたら一目散に逃げて行った。その後、下の家のトタン屋根でバンバン音がしたのでよく見たら、アライグマが二頭もいた。


ラスカルは猫の天敵だ

アライグマもかわいい生き物だけど、猫の天敵だ。バリバリという音が猫を食ってるようにしか思えず落ち着かない。プリンの餌をいつも木の上から狙っているカラスにまで名前をつけ始めたエミリーも、かわいい仲間がまた増えるね!と一瞬だけ喜んだが、すぐに撤回した。

アライグマにまで餌をあげるようになると、大家がアライグマの親子を見つけたら報告するように言っていたし、保健所がやって来て駆除されてしまうかもしれない。人間の勝手な都合で野生化した動物で、しかも親子でがんばって生きているアライグマが殺されたら、餌で引き寄せた僕の責任だ。猫よりも生命力があって、普段は山で木の実とか、昆虫を食べているみたいだから、山から下りてきて欲しくない。かわいそうだけど靴でバンバン音を立てて威嚇して、家に来ないようにしてもらった。お腹空いてるのにごめんね。今でもごく稀にやって来る。いちばん最近見た時は一匹だけだったから、親子のどっちかが死んでしまったのかもしれない。

プリンは餌が欲しいときに鳴き声をあげずに口だけでニャーとやる。これはサイレントニャー(Silent Meow)といって人間の聴覚ではきこえない周波数でニャーと言っているらしい。人間には口パクに見える。

鳴き声をあげている時もどことなく風邪気味でハスキーなボイスをしている。

ブラジルのエミリーも去年の冬に帰国してしまい、この猫に関する責任を僕一人で負うことになった。

家は木造で冬の寒さが厳しく、もう一人の日本人の青年との関係が最悪になった。引っ越したくて仕方がなかったが、プリンを見捨てたら、世の中にいる身勝手な猫の飼い主と自分は変わらないと思った。

クッションでできた猫の家を買って、タオルケットを敷いて、雨のしのげる家の裏に置いておいたら冬はこの家を使ってくれた。


プリンの家

なにかの病気かもしれないけど鼻水を垂らすようになって、ハスキーな鳴き声に鼻炎が混じってビービー苦しそうな音を立てている。プリンはものすごく臆病だし、動物病院に連れていくお金はない。

プリンは寒さの厳しい冬をこした。

僕はある就職試験に合格して、今年の8月か、延期したら来年の1月に引っ越すことになる。

やはり猫を見捨てることに、最低な自分という気持ちでいっぱいになり、プリンに餌をやることがものすごく辛くなった。

冬は越したけど、鼻炎は悪化して、一時期はものすごくうるさかったのに、あまり鳴かなくなってしまった。鳴いても弱弱しい。

「生きるってつらいね。プリンもすごく苦しそうだけど、なんにも悪いことしてないし、がんばって生きてるだけだもんね」




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今夜、買い物から帰ってくると家の前の斜面で、上の家の人が猫に呼びかけていた。この人が僕が家の中にいるときに猫に話しかけているところを、以前から目撃することは度々あったのだが、面識はなく、外でばったり会うのは今回が初めてだ。

ひとつ隣の、僕が住んでいる家と同じ管理人が管理している家の住人かと思ったら、さらに上の家に住んでいる方だった。

「プリン」ではない名前で呼んでいて、これは以前からずっと気になっていたから「なんて呼んでました?」と聞いたらちょっと照れくさそうに大笑いして「なーちゃん」だと教えてくれた。

「なーなーなーなー」とよく鳴いていたからだそうで、「プリン」という名前があることを言ったら大爆笑していた。この猫には「プリン」と「なーちゃん」、二つの名前がある。

この猫に関してたくさんのことがわかった。元々、上の家に住んでいるお婆ちゃんがずっと餌をあげていた野良猫だそうだ。飼い主がいたことはないけど、お婆ちゃんが介護施設に入って、面倒を見る人がいなくなったらしい。いつも難儀そうに斜面を上がっているお婆ちゃんは見たことがあるけど、その人だろうか?最近、見てないけど、もっと昔の話なのかな。

10年くらいは生きているそうだ。そんなに長生きしているとは知らずにびっくりした。もっとびっくりしたことには、この人も3年くらい餌をあげているらしい。しかもほぼ毎日。

単に通りがかりに声をかけるだけの人かと思っていた。気まぐれに「なーちゃん、餌食べる?」とやっているだけかと。

僕が一年間餌をあげていることを話したら、びっくりしてまた大爆笑。

「プリンのことをこれからもよろしくお願いします!」と言っておいた。

ずっと背負っていた罪の意識から解放されて心が軽くなった。これで引っ越しまで堂々と餌をあげることができる。

しかし動物を飼うということになったら、そんじょそこらの覚悟じゃダメだとも痛感した。犬や猫などのペットも大事だ家族だ。

プリン/なーちゃん 二つの名前を持つ猫、これからも長生きして欲しい。


プリン/なーちゃん


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