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【JICA Volunteer’s Next Stage】エチオピアでの衝撃から決心―困窮子育て家庭との「つながり」を生み出す

☆本コーナーでは日本で活躍するJICA海外協力隊経験者のその後の進路や現在の仕事について紹介します

栗野 泰成さん
●出身地 : 鹿児島県出身
●隊 次 : 2014年2次隊
●任 国 : エチオピア
●職 種 : 体育
●現在の職業 :一般社団法人チョイふる 代表理事


支援を本当に必要としている層に届ける
 「よし!いけいけ!」。日曜日に、(一社)チョイふるの事務所を訪れると、何やら楽しげな声が聞こえてきた。中では小学生の女の子がパソコンに向かって喋っていた。彼女はオンラインを通じて他の小学生や、コーチを務める大人と一緒にゲームで遊んでいた。「子どもたちの居場所が今はオンライン上にあることが増えている。だから支援する側も子どもがいる場所に寄っていく必要があると思い、オンラインゲームを活用した居場所づくりを行っている」。こう語るのは、チョイふる代表理事の栗野泰成さんだ。
 チョイふるは生まれ育った環境に関わらず、子どもが将来に希望を持てる社会を目指し、東京都足立区を拠点に貧困問題の解消に取り組んでいる。現在行う活動は、困窮家庭に食品を配達する『あだち・わくわく便』、親子の居場所づくりを目的とした『あだちキッズカフェ』、そして子育て支援情報を提供する『繋ぎケア』の大きく3つだ。
 栗野さんは2020年1月、食品を困窮子育て家庭に届ける宅食事業を始めた。背景には、「本当に支援を必要としている層に支援を届けたい」という思いがあった。栗野さんは以前、子どもと留学生をつなぐ英語の事業を行っていた。参加する子どもたちは、経済的な余裕があり、情報感度が高く教育に熱心な家庭の子が比較的多く、無料や低価格で実施していても経済的に困窮する子どもたちにはサービスも、情報すらも届きにくいことに歯がゆさを感じたという。そこから、積極的に支援を届けられる方法を考えた結果、宅食事業に行きついた。
 月に2回実施しており、1回当たり約50~60家庭に米や野菜、お菓子、レトルト食品などを困窮家庭に直接配布している。事業を開始した2~3カ月後には新型コロナウイルスが蔓延し、これまでさまざまな場所で開かれていた、子ども食堂が閉鎖されるようになった。自宅まで配達する宅食は、他人との接触が少ないこともあり、需要が一気に伸び、現在の登録家庭は300世帯にのぼる。
 「活動では、私生活ではなかなか交わらない人と関わり、自分が想像できないような生活をしている人とも出会う。例えば、過去に行政の窓口で嫌な思いをしたことをきっかけに信頼することができず、行政を頼れない人もいる。支援が必要な家庭は、近くにいても声を上げられずに隠れてしまっていることもある。行政や他団体とも連携しながらそういう人たちとつながり、支援を届けていく。本当に深刻な現実を知ったからには、自分は課題解決に取り組まないといけない」

『あだち・わくわく便』の配達で、困窮子育て家庭を支援する栗野さん。食品などは 協賛企業・団体から寄付を受けている


政治家が身近になった協力隊の経験
 栗野さんが子どもの貧困に興味をもったのは、自分自身も貧しい家庭で育ってきたという原体験がある。「市営住宅で育ち、大学受験の時は、お金がかかるため私立大への進学や浪人することはできないと言われていた。同じような境遇にいる子どもを減らしたいという思いは根底にある」。さらに、JICA海外協力隊員としてエチオピアに派遣されると、自分が育った環境よりも劣悪な場にいるレンタルチャイルドと呼ばれる子どもに出会いショックを受け、人生のテーマとして貧困問題に取り組もうと決心した。
 エチオピアには2014年に渡航し、アムハラ州スポーツ委員会に所属。当時、日本政府が推進していたスポーツを通じた国際貢献事業の「スポーツ・フォー・トゥモロー」に参画した。栗野さんはボール一つでスポーツ教育を実施できる「ワン・ボール・プロジェクト」や、それをさらに発展させた大運動会に注力した。大運動会では他の隊員とも協力し、3地域を巻き込んだ大会を国立競技場で開いた。「所属先の上層部に運動会の実施を説得させるために、権限を持つ人々はどう考えるか、彼らへのメリットは何かなど、トップの視点で物事を考えることを学んだ。今までは自分とは遠い存在に感じていた政治家や役所を身近に思えるようになった」と振り返る。この経験は行政との連携が欠かせない現在の仕事で、区議会議員や役所の人と話したり、政策提言を行ったりする際にも生かされている。
 本取材で、支援するために何よりも必要なことは「人とのつながり」だと実感した。終始、淡々と答える栗野さんだったが、その心のうちで燃やされ続ける熱い使命感がひしひしと伝わってきた。

(編集部・吉田 実祝)

ワン・ボール・プロジェクトでは、サッカーを通じたスポーツ教育を行っていた

本記事掲載誌のご案内
本記事は国際開発ジャーナル2023年11月号に掲載されています。
(電子版はこちらから)


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