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【BOOK INFORMATION】すべての人に技術革新の恩恵を

『経済学のパラレルワールド―入門 異端派総合アプローチ』
近年の経済学では、新古典派経済学と呼ばれるミクロ経済学系統が主流派とされている。そうした中で、大学では学ぶことのできない“異端派”の経済学説を集めたのが本書だ。本書で「イノベーション」に関する学説を執筆した政策研究大学院大学(GRIPS)の飯塚倫子教授に、途上国開発におけるイノベーションの行方を聞いた。


セミナーで知見を共有

―― 途上国開発や社会的課題の解決においてイノベーションの重要性が叫ばれて久しいですが、それをどう生み出していくのかなど、具体的な議論はまだ発展段階にあると言えます。飯塚教授は同書で「経済発展過程におけるイノベーションの重要性」を唱えた経済学者のヨーゼフ・シュンペーターの理論に触れつつ、イノベーションを生み出す仕組みや近年のイノベーションの潮流など、多角的な視点でイノベーションの可能性を論じており、これは開発関係者にとっても興味深い示唆になると思っています。飯塚さんは現在、同書の中でも紹介している「インクルーシブ(包摂的)・イノベーション」と、「破壊的イノベーション」を合わせて新たに「破壊的なインクルーシブ・イノベーション」(DII)を提唱していますね。これはどういう概念ですか。

 インクルーシブ・イノベーションは、貧困層や障害者、女性など社会的に排除されてきた人々を経済活動に参加できるようにするためのイノベーションだ。破壊的イノベーションは、ハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセン教授が提唱したもので、市場における既存のルールを根本的に覆しそこに新しい価値を創出するイノベーションを指している。例えば、移動手段が馬車から自動車に移行した時、道路規制など社会制度や人々のライフスタイルなどが大きく変わり、新しい産業が生み出された。これも一つの破壊的イノベーションだ。
 私は、インクルーシブ・イノベーションを突き詰めていくと破壊的イノベーションにつながっていくのではないかと考えており、そこからDIIの考え方が生まれた。これは社会のあらゆる層にインパクトを与えるイノベーションであり、ケニアで普及したモバイル送金サービスの「M-PESA」などがそれにあたる。ただ重視しているのは、技術革新よりも貧困層を含めたすべての人々がその恩恵を受けられているかどうか、という視点だ。現在、持続可能な開発目標(SDGs)の達成はこのままでは難しいと言われており、これまでにない、かつ誰一人取り残さない変革が求められている。DIIはその答えの一つになると考えている。
 このためGRIPS科学技術イノベーション政策研究センター(SciREX Center)では、DIIを生み出すヒントを探るため、2019年からDIIセミナーを定期的に開催している。毎回、「アフリカのデジタル農業」「社会的インパクト投資」などのテーマを設定し、社会的起業家や国際機関の職員、NGO代表など多様なアクターを講師に招いている。彼らと知見を共有しながら、DIIにはどのような要素が必要で、どういう波及効果が期待できるのか、などを明らかにしていこうとしている。
 今後、これらの事例から課題解決型思考の枠組みと視座を獲得し、社会現象の本質的な理解に立った政策・戦略提言を書籍にまとめる予定だ。


雇用問題の課題は制度設計

―― イノベーションを目指す政策としては、AI(人工知能)の導入などデジタル化によって製造業の生産システムの高度化を推進するドイツの「インダストリー4.0」が以前から注目されています。アフリカや東南アジアなどでも同様の動きが進んでいると聞きますが、途上国における技術革新の動きについてはどう見ていますか。

 インドやインドネシア、ブラジルなど、人口が多い中進国では進んでいる。米コーネル大学とフランスの経営大学院インシアード、世界知的所有権機関(WIPO)が共同で発表している「グローバル・イノベーション・インデックス」では、マレーシアやタイ、ベトナムなども上位に昇ってきた。
 政策的な動きとしては、ラテンアメリカ諸国では1990年代頃からイノベーション政策を打ち出す国が増えた。工業や科学技術、教育などの政策にイノベーションを組み合わせ、関係する省がそれぞれの部門を合併させてイノベーション省を新設したりもしていた。アフリカでも2000年以降、ICT(情報通信技術)の導入を通じたイノベーション政策を推進する傾向が強まっている。よく例に挙げられるのはルワンダだ。この国が面白いのは、大統領が「ICTならどんな実験をしてもいい」と言っていることだ。これは新しい技術
を試したい人にとっては実に魅力的である。先進国では、ドローン
などの技術があっても規制のため使えないことが多い。だからこそ米ジップライン社のようなスタートアップが多くこの国に進出しているのだ。

―― 一方で、インダストリー4.0を含めたデジタル化は雇用機会の喪失につながる可能性もあります。

 懸念する声は、先進国、途上国を問わず出ている。自動化などによって職を失った人を再トレーニングするなど支援する仕組みを作ることは必要だろう。ただ、技術革新は雇用を創出する場合もある。特に若い人材にとっては可能性が広がるかもしれない。実際、若い世代の多いアフリカでは、インダストリー4.0に対する恐れが中進国よりも低いという調査レポートもある。雇用問題よりも、「新しいことが起こる」などとポジティブに捉えているのだ。
 また技術革新やイノベーションによる雇用問題は、機会の喪失だけではない。新たに生まれた産業において社会保障や年金などの制度をどう設計していくかも課題の一つである。実際、Uberなどギグ・エコノミーに対しては労働組合ができはじめている。


ODAは環境づくりを

―今後の政府開発援助(ODA)の役割はどうあるべきでしょうか。

 ODAは、日本企業と相手国政府や企業との間をつなぐ仲介役としての役割が引き続き求められるだろう。加えて、プラットフォームの構築など、企業や人が活躍できる環境づくりを促す役割も期待している。
 世界ではデジタル化によってインターコネクティビティ(相互の接続性)が深化しており、市場の可能性がどんどん広がっている。さらに近年は、製品などモノよりもサービスや経験を買う割合が増えている。そうした中では、一社が単独で商品開発や売り込みをしても限界がある。プラットフォームを構築し、横のつながりを広げ、そこでさまざまな技術や知見を共有する。つまりは、企業もこれからは連携が必要になってくる。これは途上国市場に対しても同じことで、製造業やIT企業、商社、そして現地も取り込んでいくようなプラットフォームが欠かせない。そこにODAが活用されることの効果は大きいだろう。


『経済学のパラレルワールド―入門 異端派総合アプローチ』
岡本 哲史氏/小池 洋一氏編著
新評論
本体¥3,500


・Amazon

・紀伊國屋書店


掲載誌のご案内

本記事は国際開発ジャーナル2020年7月号に掲載されています
(電子版はこちらから)

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