ifのかくしべや #02:モノコンと夜の話。

こんにちは、お久しぶり。
最近ほんとに寒すぎて忙しすぎて。布団にくるまりパソコンとギターを抱えて作業していたら、こちらでの更新をすっかり忘れてしまった…

何をしていたかというと、モノコンに参加するための小説を書いていたわけですね。いきものがかりの「きらきらにひかる」をお題に新作を一本書きました。未解決の女の主題歌ですね。あのドラマ、なかなかに好きでした。久しぶりに一本ちゃんと完結させなくちゃならなかったから、ちょっとむずかしかった。いつもは思いついたところだけ書き残すか、その前後ばかり書くかなのでね…

さてと。今回書き下ろしたのはやっぱり「じぶんをさがす」話でした。わたしは小説を書くときは書きたいシーンをまず書いて、そこからつながるように他の物語をつくる、っていうかなり偏った書き方をしてるんだが。今回の作品(ちなみにこれだよ https://monogatary.com/story/101980 )のなかの「書きたいシーン」だったものは、冒頭の夜の部屋の描写でして。

今日ここでポツポツ喋るのは「夜」についてです。

本当にほんとうに不思議なんだけれど、夜深くなると、自分の身体と頭がずれていく感覚がしてくるんだよな。それはけして「寝てないときの浮遊感」ではなくて。自分が乖離していくときの「ズレ」みたいな。
川上弘美さんの小説にもあった「自分が斜めにずれていく」っていう表現。そんな感じがする。きっとひとり部屋のなかで昼間の喧騒から自由になると、人間いろんなことを考えてしまうんだ。

今日の自分はうまくできたかな、あれは自分のせいだったかな。やさしい、って言われたけれど本当はわたしはやさしくない人間なのにな。そもそも「わたし」っていう人称がわたしには合わないような気がするのに。でも俺も僕も違うような気もする。僕、ぼく、わたし、あたし。割合的にはこれくらい。

などなど。こういういろいろなことを考えてしまう。
そして眠れなくなる。自分がひとに「ありがとう」とか「○○はやさしいね」とか「○○みたいな考え方ができたら」って言われた日ほど眠れない。
自分が他人と関わってできたつながりを見返すたびに、照れ臭くなって申し訳なくなって、消えてみたくなる。わたしがいなければもっともっとこうだったかもしれない、って過去のいろいろをほじくり返したりしなければ気が済まなくて。ようするに自分をいじめていなければ気が済まないのだ。


わたしはずっと夜に自分をいじめてきた人間だ。そうしたら、いつのまにか自分を大切にできなくなってしまった。最近そのツケが夜に回ってきている。今まで考えていたこと。わたしが世の中に必要でないこと。それが「そうではない」と大学に行き始めて明確にわかるようになった。わたしが「夜」に考えてきたことが作った、その「わたし」の考えが、大学ではとても受け入れられるのだ。音楽のこと、芸術のこと。多数派、少数派のこと。他人のこころのなかのこと。わたしは急に「わたし自身」を大切にしようとしてくれる人の中に放り込まれて今生活している。
暖かすぎて泣いてしまう。こんなあたたかいところにいたらいつかバチが当たるんじゃなかろうか、と思う。ありがたいことなのに涙が出るほど苦しいのだ。自分をみてほしい、と思っていたそれが叶ったのになあ、おかしいなあ。半年経っても慣れない。

ダラダラ書いていたらよくわからなくなってしまったけれど、こんなのがあってもいいよね。また次の記事も夜に書くので。待っててくださると大変嬉しいです。


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