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暮れのはじまりの坂

懐かしい、というのは違う。
日常の中にいるようなのに、もう日常ではない、不思議な気持ち。

通り慣れたはずの坂を歩いている。これから秋と夕が暮れていく、暮れのはじまりの坂。
通り慣れた「はず」というのは、千と五百回は通っているはずのその坂が、まるで初めて訪れたかのように私を初々しく敏感にして、その敏感な場所に切ない幸福と爽やかな恍惚を無遠慮に持ち掛けてくるからだ。いつも。

確かに日常なのに確かに日常でない橙色の景色を、ここを流れるうちでとびきり大好きな季節の風が走っていく。

二年前とも六年前とも変わらない踏切の音を聞きながら、二年前とも六年前とも変わらないのにすっかり変わってしまった私が立っている。

明日を迎える度に私は生まれ変わっている。どんな生き方をしたってそうだった。この踏切の音を知らなかった日も、初めて耳にした日も、今も。変わりたいと願わなくても必ず生まれ変わってしまう時間を、生まれ変わりたいと願いながら生きつづけることはたやすくない。生まれ変わることを自覚していなかったり、変わることを止めてしまいたかった夜だってたくさんあった。

けれど、願う。変化を祝福して変わらない踏切の音にありがとうと言えるよう、時間を削って命を剥がしていけますように。生きている限り、変わらないのにすっかり変わってしまった私を幸せと呼び、止まらない変化を希望と呼べますように。

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月坂架 絃 (Ito Tsukisaka)

フィドル奏者、化学者、薬学者、物書きを称する東京大学学徒が、本郷の小さな喫茶店で綴る編著作。WHO WE ARE (https://note.mu/ifname_i/n/n50774dab8065)

薫風日誌

つれづれなるまゝに、日暮らし、硯に向ひて、心に移り行くよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、怪しうこそものぐるほしけれ。我を知らずして外を知るということわりあるべからず。されば己を知るものを知れる人というべし。ひとり灯のもとに文をひろげて、見ぬ夜の貴君を友とするぞ、こ...

コメント4件

時間を削って命を剥がしていけますように。生きている限り、変わらないのにすっかり変わってしまった私を幸せと呼び、止まらない変化を希望と呼べますように。

本当に、そうだなって、思いました。
泣きそうなくらい、そうだなって、思いました。
じつは私も泣きそうなくらいひしとした感慨のもとこれを書きました。
言葉で伝えるには限界があるし、受け取ったあとの処理には自由がある中で、そんなふうに思っていただけて嬉しいです( 灬´ᴗ`灬 )
noteにはリツーイトやリブログの機能がないので、そういうつもりで、書かせていただきました。
https://note.mu/poet_ohno/n/n13c99f6fe09e?magazine_key=m5269e6f1314c

あと、こちらも
https://note.mu/poet_ohno/n/n1083217890a8

分かち合えるものがあれば、幸いです。
Twitterでシェアさせていただきました。こんな素敵なお返事をくださってとても嬉しいです。ありがとうございます( ꈍ人ꈍ )
https://twitter.com/ifname_i/status/1062197669890650113?s=21
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