趙治勲先生との思い出(十段戦第1局編)

山下敬吾棋聖との挑戦手合七番勝負中、
十段戦も開幕しました。
対戦相手は高尾紳路本因坊(当時)でした。

第1局の治勲先生はあっさり土俵を割った感じ。
いつもの粘り腰はありませんでした。

棋聖戦七番勝負に全精力を傾けていた感じです。
番勝負の第1局は勝率が悪いのでこんなものかと思っていました。

記者室でちょっとした仕事をしていると治勲先生がやってきました。

治勲先生『打ち上げは何時から?』
おいら『7時半からです』
治勲先生『今は何時?』
おいら『7時10分です』
治勲先生『じゃあ行こうか?』

会話の流れがおかしい気もしましたが、
敗者の望みはなるべくかなえてあげたい。

『会場の準備ができていないといいなー』と祈りながら
治勲先生と会話。
無事に会場に到着です。

打ち上げ会場にはちょっとしたつまみが用意されており、
飲めそうです。
準備している女中さんに
『ちょっと早いんですけど、ビール飲めますか?
飲めませんよね??(飲めてもダメって言ってくれ)』
と尋ねてみました。

『宴会は7時半からなので無理です』
ときっぱり断ってほしかったけど、
『今から持って来ますねー』と笑顔の女中さん。
心の声は通じませんでした。

深呼吸して長い夜を覚悟しました。
瓶ビールを注ぎあっていたらどんどん無くなっていきました。

治勲先生『これ食べちゃってもいいよなー』
おいら『もちろん食べちゃいましょう』

と飲んだり食べたりして敗戦のショックを和らげます。
敗者の言うことは絶対!

7時25分、治勲先生は『ビールはやめて日本酒にしよう』
と言い出しました。

『さきにちょっと飲もうか』と言ってビールをチビチビ飲むのはたまにあります。
しかし開宴前に日本酒に切り替えるのは後にも先にもこの一回だけ。
敗者の言うことは絶対!!

そんなことをしていたら立会の小林光一九段や高尾本因坊がやってきました。
入室した瞬間、ギョッとした表情で遠ざかります。

普通、両対局者は一間トビに座り、立会人が間に座るもの。
立会人の挨拶でビールを乾杯してから飲んだり食べたりします。

しかし今回は
20分前にビールを飲み、先につまみを食べ、日本酒へ。
治勲先生の遠くに立会人と高尾本因坊が座る。
という異例な打ち上げです。

治勲先生は
『お前ら誰だ?
一人ずつ自己紹介しろ』
と無茶ぶり。
でも敗者のいうことは絶対なので順々に自己紹介。

おいらは
『5局目を書くことになっています。
生活が苦しいので5局目まで打ってください』
と言って笑いを取りました。

日本酒を飲んでも治勲先生の悔しさは癒えません。
旅館の女将がお酌をしたり、話しかけました。
しかし治勲先生の感情は爆発です。

『お前ら飲み比べしろ』と治勲先生。
敗者の言葉は絶対なので逆らえません。
お前らと名指しされたのは
大橋拓文七段、おいら、女将の3人です。

大橋七段は『僕はお酒が飲めません』と抵抗しました。
敗者に逆らうなんて


ナイス!
大橋!!
飲み比べなんてナンセンス!!!
みんなで仲良く飲もう!!!!
ラブ&ピース!!!!!


治勲先生はちょっと困った表情。
一拍後、笑顔で
『じゃあハンデをつけよう』
と言いました。
大橋七段はおちょこの裏、女将はおちょこ、
僕は日本酒用のグラスを1杯に。
みんな1杯ずつ飲んでいくという飲み比べになりました。

余計なこと言うな!
大橋!!
飲み比べこそ飲み会の華!!!
お前を酔いつぶしてやる!!!!
GO TO HELL!!!!!

この日の日本酒は〆張鶴。

新潟の銘酒ですね。
もし鬼ころしだったら鬼を殺す前においらが死んでたと思います。

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