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睡眠薬の話

2021年11月18日(木) くもり
鬱々としている。あきらかに寒さのせいだろう。日照時間の減少で、精神的な起動が思うようにいかない。夢が多くて、目が覚めるたびに疲れが残っている。友人に連れて行ってもらった高級レストランで中山秀征が食事している。松本明子が気を使っている。そんな夢まで見る必要あるか?

「夢を見る」ということは整理されたがっている記憶があるということで、眠っていたとしても脳の働きが休まっていないのだろうと思う。中山秀征が食事しているだけならまだしも、疎遠になった友人とのやりとりや、仕事で気にかかっていることなどを夢に見ると、現実を二度体験するような疲労を感じる。特に家族を亡くしてからは泣きながら目が覚めることもたびたびあった。夢を見ないで眠れたらどんなにいいだろうと思う。良い夢も悪い夢も。自分ではコントロールできない、とりとめのない脳の働き。これを強制シャットダウンする方法を俺は知っていて、それは睡眠薬である。

初めて使ったのは2019年の末。体調を崩して仕事を休むようになった頃だ。休職手当をもらうために診断書が必要で、しかたなく心療内科に通うようになった。毎月一度診断書をもらうためだけに行くのもなんだかもったいない気がして、ついでに薬も出してもらうことにした。
大学時代に抗不安薬を飲んでいたことはあるが、結局その効果を実感することなく自己判断で退薬してしまった。薬がいらなくなるほどには回復していたと言えるのかもしれないが、抗不安薬の依存性に対する警戒もあった。脳内物質の働きが変わっても、自分の行動が変わらなければ同じ失敗をくり返すだけだろう。そのあとカウンセリングに通い始めて6年以上経つが、自分に必要なのは投薬(だけ)ではなくカウンセリングであるという考えはいまも変わっていない。

カウンセリングによって少しずつ自分の自動思考の仕組みが明らかになって、いくらか生きやすくはなってきたと思う。しかし、睡眠に関する漫然とした不足感だけはずっと感じていた。眠れないのであればとっくに睡眠薬に頼っていたと思うが、厄介なことに俺は眠れていた。ただ、眠り続けることができないのだ。中途覚醒、早朝覚醒がほぼ毎日で、そのこと自体がまた新しい不安を呼び起こした。ちゃんと眠れていないことで否定的な感情が起こりやすくなっているのではないか、本来のパフォーマンスを発揮できていないのではないか、と一日中ずっとモヤモヤした気分がつきまとうのである。
もしこのモヤモヤが払拭されるのであれば、睡眠薬は抗不安薬よりもよっぽど有効なのではないか?と想像することは何度かあった。今まで目に入らなかっただけで、身近にも睡眠薬の助けを借りながら生活している人がいることもだんだんとわかってきた。どうしても負のイメージが先行していたが、逃げ道の選択肢を増やしておくのは悪くないと思うようにもなった。そして、2019年。俺もようやく睡眠薬を試してみることにしたのだ。

翌朝。人生最高の起床だった。10時間睡眠。こんなにぐっすり眠れたことは今まで一度もなかった。電源を落として再起動したようなリセット感。昨日と今日が区切れている。あぁ、これで不安がひとつ消えた。たとえ否定的な感情が起こっても、パフォーマンスが上がらなくても、それは決して睡眠不足のせいではない。少なくとも睡眠に関しては自分を疑わなくて済むようになった。そのことが嬉しくてしかたなかった。

芥川龍之介
32歳 不眠症に陥り、睡眠薬の服用を始める。
33歳 三男・也寸志誕生。
34歳 「点鬼簿」など複数の作品を誌上で発表。
35歳 7月24日、睡眠薬の過剰服用により死去。

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