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エレファントカシマシ「sweet memory」

寒い。手袋がほしいと思った。ベランダのパクチーはまた新しい芽を出し始めている。寝ても寝ても眠い。背中が丸くなる。人肌恋しい。「ヒトコイシクテ、アイヲモトメテ」というフレーズをふと思い出す。エレファントカシマシ、1998年のシングルである。

どうもエレファントカシマシの歴史において、アルバム「愛と夢」だけが非常に影が薄いように感じる。かくいう俺もそこまで思い入れのある作品ではないけれど、自転車で行ける範囲内の古本屋、レンタルCD屋を巡って手に入れたうちの一枚である。一聴して、地味だなと思った。特に「ヒトコイシクテ、アイヲモトメテ」は、シングル曲にもかかわらずまったく聴き覚えがなく、まるでB面のような曲だと思った。
一方で、「はじまりは今」はわかりやすくて好きだった。これぞシングルというインパクトがあって、実際にCMなどで聴いた覚えがあった。ジャケットの真っ赤なシャツと黒い背景のコントラストは今見返しても気持ちがいい。短冊形CDジャケットかくあるべき、という感じがする。

エレファントカシマシで一番好きなアルバムは何かと訊かれたら、「生活」とでも答えたいところだけれど、実際は「sweet memory~エレカシ青春セレクション~」だと答えざるを得ない。2000年。13歳。自分の心を揺さぶるのはどうやらロック音楽と呼ばれるものだけなのだと気づき始めた頃。エレファントカシマシはドラマやCMでもよく流れていたし、自分のお小遣いを捻出しなくとも親が快く買ってくれたことだろうと思う。繰り返し聴いた。風呂場で歌った。スリーブケースのスルスルとした肌触りさえ好きだった。

冬、という感じがした。自転車で走っているとき、冷たい風が頬を突き刺すとき、自分は今まさに「sweet memory」の中にいるのだと感じた。たとえばそれは中学三年のときに通った塾の帰り道。話したこともないくせに、顔がかわいいだけで誰かのことを好きになっていた。だけどそんなこと恥ずかしくて笑い話にも出来なかった。誰と誰が付き合ったとか浮ついたニュースが飛び交うあいだを、透明になってすり抜けていくようだった。今はまだ何もない。今はまだ何もないから早く高校に行きたい。そう思っていた。新しい友人と出会ってバンドを組みたいと思っていた。この日々がいつか思い出になると意識して生活していた。

冬、という感じがした。江川達也の「東京大学物語」という漫画を何度も読み返していた。エロを求めてのことだったのは間違いないが、特に高校生時代のストーリーが好きだった。それこそ自意識に絡めとられながら、自転車を全速力で漕いで破顔している主人公に自分を重ねていた。舞台は函館。行ったこともなかったが、きっと海からの風が坂道を駆け上がって、汗と涙で湿った肌を凍らせるのだろうと思った。この漫画を読んでいるときも、自分は今まさに「sweet memory」の中にいるのだと感じた。

冷房なし。網戸から入ってくる風が冷たい。天気予報ではまた30℃を超える日が戻ると伝えている。2021年9月3日。気まぐれの寒さにまんまと冬の記憶がよみがえって、エレファントカシマシを聴きたくなった。

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