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大口玲子『自由』書評

 近年、特に『トリサンナイタ』以降コンスタントに歌集を刊行している大口の第七歌集。本書にて第四十八回日本歌人クラブ賞を受賞している。
 本書は「まえがきにかえて」という言葉を添えた「風のごとくじぶんは」という自己紹介の一連から始まり、平成以降の大口の歩みをまず見せてくれる。

親王妃三十九歳の懐妊を聞き流し風のごとくじぶんは(P8)
洗礼に古きじぶんは死にたりきそののち自由となりてじぶんは(P9)

 詞書に二〇〇六年、二〇一一年とある二首。「風のごとく」という章題は自由の象徴とも言えるような風にみずからをなぞらえたかに見えるが、そのタイトルが採られた一首目、風というのはなにも軽やかなものではなく、どこか存在感の薄まった「じぶん」であることがわかる。そして大口にとって非常に大きな意味を持つことになる東日本大震災のあった年の二首目、洗礼を受けたあとのみずからの変化が歌われており、「古きじぶん」は死んで「自由」となったとある。本書への道のりが実はここから始まっていたことを思わせる。

土地の人のごとくに「ミヤコンジョ」と言はずわれは盆地に暮らしはじめぬ(P10)

 本書には宮城県都城市に転居した二〇一八年春から、二〇二〇年秋までにつくられた歌が収められている。書名を頭の片隅に置きながらページを繰ってゆくと、人びとは生きている限り、老いから、刑罰から、死から、「自分」から、その他のあらゆるすべてから自由になれないという、当たり前の事実がひたすらに淡々と描かれていることに気づく。

「ひさしぶり、誰だつたつけ」と言はれたるわれはふつつかな嫁として立つ(P74)
苦しみはすでに終はりぬロザリオを手に持たされて花に埋もれて(P48)
見せることあらねど見せしめのごとき死を死ぬのか人は目隠しをされ(P68)

 認知症を患っているのか、自らを認識しなくなってしまった義母を詠んだ一首目。義母の記憶はすでに朧げであるが、義母の前にいる自分は、義母の意識の中にいた、と自分が規定している自分の像である。
 二首目は、雁書館を設立し「心の花」の編集委員も務めた小紋潤氏の葬儀の折に詠まれたもの。生から解き放たれた氏を見つめ、愛惜の念をもって見送っている。
 三首目、大阪拘置所の未決囚に面会をした際の歌。のちに控訴を取り下げたことにより未決囚は死刑囚となり、大口は人を殺したその人が司法──人の手によって殺されることを知る。殺された子が自身の子だったら、と何度も自問しつつ、人の命を同じ人間が自由にする権利はあるのかと、己の心に刻み込むような問いを繰り返す。

 さて、集中においては、宮崎市への転居ののち不登校ぎみになった息子を歌った作品がひときわ胸を打つ。

「今日は帰ります」と教頭に言ひて帰る息子あつぱれと内心思ふ(P91)
学校には自由がないと子が言へり卵かけご飯かきまぜながら(P123)
リコーダーも持って帰ると子は決めて「さびしい時に吹くから」と言ふ(P125)

 転校をして少ししてからだろうか、息子は学校に行かなくなり、将棋を指したり図書室登校をしたりしながら過ごす日々が描かれる。親は教育を受けさせる義務はあるが、子どもには学校へ行かない自由がある。まだ十歳余りという年齢、どうしたら、どうすれば、という逡巡も親としてあると思うが、それでもひとりの表現者として大口は、感情を抑えた筆致で息子を一人の人間として描いている。なお、これより後には持って帰ってきたリコーダーを吹いている歌もあって、それが「マルセリーノの歌」であることも切なさを際立たせている。

 そして後半、二〇二〇年になるとコロナ禍における歌が見られるようになる。これを書いている今も誰もがまだ現在進行形で直面している事態の、その始まりを思い出すことになる。

白塗りのキャサリンも今はマスクして都城から出られぬ春か(P148)
日曜のミサは自粛の聖堂にひとり来てひとり祈れるまひる(P139)

 コロナによって今いる場所から出ていく自由を奪われたキャサリン、集って祈る自由を奪われた大口自身を含む信徒たち。今に至るまで、誰もが大なり小なりの自由を絶えず奪われる日々が続いていることを改めて実感する。
 生きている限り日々は息苦しく、毎日どこかやるせない。しかし、大口の生に寄り添い、ときに光を射し込ませるのが、二〇一一年より大口が手にして、それ以降の歌の通奏低音ともなっている信仰ではないかと思う。

群衆としてのわたしは熱狂のうちに立ちたり息子も立ちぬ(P99)
字幕追ひながら聞きたる教皇の”Sursum corda(心を上に)”空を仰げり(P101)

  インターネット動画配信のミサの間を蠟燭の炎揺れつづけをり(P136)
 一・二首め、二〇一九年秋に教皇フランシスコが長崎を訪れてミサを執り行った折の歌。わたしはキリスト教徒ではないもののカトリックの学校に十二年間通っていたので、信仰をともにする三万人とともに野球場でミサを受けるという興奮と喜びは、想像するに難くない。その恵みの記憶は、三首目のように、コロナ禍にあっても救いとなって日々の暮らしをささやかに照らし続けているのかもしれない。
 そして今一度、受洗によって大口が得たという「自由」を思う。信仰は小さな自分自身の存在を見つめなおし、時折自らに爪を立ててくる自意識からわずかながらも意識を逸らす足掛かりになるのではないか。

 ほか、さりげない歌にも注目したい。

目を閉ぢてしばらくの後みひらけば善財童子は眼うるめり(P41)
犬ぞりで百万年の氷床を子と行かばいかに面白からむ(P155)
古代蓮咲き揃はむとする朝を二千年の雨降りそそぎをり(P157)
彩色の古墳壁画に鳥や舟を描きし指いかに自由なりけむ(P159)  

 瞼をひらいて目を合わせた束の間、善財童子と通い合うような一首目、空想の氷床を息子とともに駆け抜けてゆく二首目。三首目の太古の指が数多の絵を描いたように、想像ならばどこまでも届いていけるという確信がある。
 あとがきにあるように、『自由』という書名は、〈逮捕され刑務所や地下牢や強制収容所での苦しい生活をしいられながらそれでも自由であり続けた〉ドイツの神学者ディートリッヒ・ボンヘッファーの、「観念の世界への逃避ではなく、ただ行為の中にのみ自由はある」という詩の言葉からとられている。

 否応なしに人は苦しみや悲しみに遭遇する。目を瞑る、受け流すという自由も人にはあるだろう。しかし、それでは真に自由とはなれない。願うだけではない、単なる「観念の世界への逃避」にならないためにはどうすべきか。自由を求める豊かなイメージをみずからの中に育み、それをさらに表現していくことでみずからの希う自由を得ることができるのではないか。

 世界は絶えず混迷と混乱の中にあり、各人が持つ、あるいは持っていると思っている自由は、常に揺らぎ続けている。「読者にはこの一冊を自由に読んでいただけたらうれしいです。」と大口が差し出してきた「自由」が、確かに目の前にある。

初出/「現代短歌」2021年9月号

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