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2023年7月20日

昨年の12月25日、クリスマスに華やぐ街の雰囲気や電飾の明かりが、ひとつひとつ消えて静けさを取り戻しつつあった夜が今日の朔に繋がったという話。

当時の僕は、年内最後の納品を済ませたばかりで、数ヶ月間に渡る制作や編曲、レコーディングやミックスの重責から解放されて、精神的には一息つける時期ではあったものの、副業が小売業で仕事内容がほぼ肉体労働、そして小売業者にとっては12月が一年で最も書き入れ時のため、年末年始の休暇というものはなく、故郷に帰省するわけでもないので、残った記憶といえば、深夜ひとけの去った最寄り駅から自宅までの帰路のことくらい。

吸い込む風が冷たくて、そうすると東京の空気も澄んだように感じるから、少し北海道の冬を思い出したりして、ああ今年も終わっていくんだなと、そんなことを考えながら等間隔に響く自分の靴音を聴いた。

家に着くとシャワーを浴びて、夕食を摂り、仮眠してから作業部屋へ向かい、音楽の仕事をするのが普段のルーティンなのだが、あの日は週休で、納期も終えてたから、たしか夕方に散髪をして、夜はケンタッキーのチキンを食べたと思う。

普段眠らない時間に眠ろうとしても難しいものだけど、21時には二階の寝室で横になった。

案の定、目を閉じても目蓋の内側で冴えてしまって、ごろごろと寝返りを何度も打った。

そんな時に通知音が鳴ったので、起きる理由を見つけた僕はすぐに携帯電話を手に取った。

TwitterアカウントへのDMだった。

内容は、バンドメンバー募集のツイートを見て連絡をしたというもので、もちろん嬉しい気持ちは込み上げてきたが、まだ顔も名前も、どんな人かもわからないし、期待しすぎることには警戒心が働いて、ひとまず声を聴かせてもらいたいから簡易的な録音をして送ってくださいと返信した。

そこからしばらくの間メッセージがくることはなく、年が明けて世の中の正月気分が過ぎ去る頃には、もう連絡はないだろうと感じてたし、僕の返信文面に、なにか気分を害する箇所があったんじゃないかと、何度かチャットを読み返したりしてた。

あのやり取りがあったことも次第に忘れつつあった1月10日、職場の休憩室の喫煙所で、ひとりアイコスを咥えながら携帯の画面を見るともなしに眺めてたら、メッセージの着信があった。

彼女の歌を録音した音源のリンクが貼られていて、イヤホンを持参してなかった僕はスマホのスピーカーを耳に当てて聴いた。

早速感想を送ろうかとも考えたけど、家に帰ってからイヤホンでも確認したいと思い、近日中にお返事しますと伝えた。

結果翌日には連絡をして、1週間後に会って話をした。

新宿駅東口で彼女を待つ間、随分と緊張したな。

喫茶店に入り、弾いたことのないというベースを弾いてほしいと無茶振りをしたり、彼女が生まれ育った函館の話、東京にきてからの話、そして音楽の話を閉店の時間まで喋った。

彼女はJRで僕は私鉄だったから、駅まで送っていって、デモができたら連絡すると約束してその日は別れた。

あの時点ではドラマーの目処がまったく立たず、実際にバンドがスタジオリハに漕ぎ着けるまでには、さらに4ヶ月を要したけど、これが朔のベースコーラス、めぐむさんとの出会い。

それから約1ヶ月半後にシンジと再会することになるんだけど、その話はまた次回書こうと思う。

いつからか取り戻したくて仕方なくなって、けれどもう生きてる間には触れられないのかもしれないと、手放したものの尊さを引きずってた。

またバンドができてるだなんて、僕にとっては本当に奇跡なんだ。

だからメンバーにも、音楽という表現にも、毎日感謝してる。

今年中にはレコーディングをしようと計画してるよ。

またライブハウスで会いたい。

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