文章を書くときの「意識の壁」の超え方
ここ最近、Xやnoteでの投稿を心がけるようになり、ある壁に直面しています。
それは、自分の書いた文章によって誰かしらの気分を害してしまうのではないかということ。
この意識がチラつくと、本来思っていたことがストレートに書けなくなります。
特に、自分の名前を出しながらビジネスシーンでも使っているアカウントだと、一層言葉選びに慎重になります。
そうして配慮を重ねた結果、何のために書いたのか、誰が読むのかわからない文章の出来上がり。よくあるパターンですが、本末転倒もいいところです。
文章を書くときに現れる「意識の壁」。
どうしたらこの壁を超えることができるのか。
現時点で僕が意識していることは、シンプルに1つです。それは、
全員に平等に読まれる文章は存在しない
ということ。
僕はビジネス書とよばれるジャンルの書籍を編集する仕事をしています。
本作りをするうえで必ず通るプロセスが、読者ターゲットを誰にするか決めること。
たとえば、下記の『言語化のコツ』では20-30代の女性を中心に、これまでビジネス書にあまりなじみがない人をメインターゲットと決めて、本作りを進めていきました。
読者ターゲットを決めたからには、あとはその人にきちんと届くよう作っていくだけ。
そのため、もし50代の男性がこの本を手にとっても、そのまま購入してくださる確率は20-30代の女性に比べたら低くなるでしょう。
それはもう仕方のないことと割り切っています。なぜなら、全員に平等に読まれる文章は存在しないから。
名作と呼ばれる小説だって、本を読むのがしんどい人にとってはそもそも読む対象になりません。そういう人にとっては、Twitterでバズっているツイートのほうがよほど興味をそそられるでしょう。
特定の誰かに光を当てようとすると、必ず誰かが闇に覆われる。その闇までケアできれば、それは完璧なる文章といってもいいのかもしれません。
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