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花粉症を考える

今年も花粉症の時期になってきた。題名の様に、「花粉症を考える」なんて、考えただけでもうっとうしくて、こうしているうちにも鼻からダラダラ鼻水は流れてくるし、鼻と喉は繋がっているので、喉もガラガラで息苦しいし、普段の生活、活動に大きな影響が出てくる。なんといっても、何かをしようという活力が削がれる様である。

私の場合は、やはり、類を漏れず、スギ花粉の影響が一番大きい様である。

花粉症を、世間ではなんとなく仕方がない季節の病気の様に扱い、薬の処方で治療?対処療法?をするというのが当たり前になっている。
国民の半分は、この花粉症の影響を受けて、症状が出ている様なニュースがあったように記憶している。

そして、なんとなく、スギが悪者になっているのだけれど、実は、どんな植物でも花粉を飛ばすわけで、スギが特別なわけではない。ただ、この時期にとてつもない量のスギ花粉が一気に飛び回ることによって、人間の本来の機能では対処しきれなくなって、症状として出てくるということなのだろう。

よく考えてみれば、その昔、スギを国策として大量に植えた事の反動が、大きく育った時に、国産材を使わなくなり、メンテナンスもしなくなった今になって、人々の生活を脅かしているという事なのだろう。

それって、かつて企業や国が目先の利益を優先して、自然の摂理を無視した結果、引き起こした公害と同じ様な現象の様に思う。

自然の摂理を無視すれば、やがて、そのつけは、必ずそれを行なった人間にしっぺ返しという事で帰ってくる。

もし、その昔、将来の建築材料としての産業の利益だけの事を考えるのではなく、自然との対話で、バランスよく、スギだけでなく、色々な針葉樹や、広葉樹を含めて植樹していれば、少なくとも、このスギ花粉症の時期を、国民はもっと快適に過ごすことができたのだろう。

話は少しズレるが、温暖化で豪雨災害が増えているが、山が崩れて大量の木が土石流と一緒に流れて人家を襲っている写真を見ることがあるが、どれも真っ直ぐな針葉樹が流されているところが目につく。針葉樹は根が浅く倒れやすい。広葉樹は、一般に根が大きく張り、保水力も高いと言われている。スギ、ヒノキなどの針葉樹ばかりでは、山も災害に弱くなるのだろう。

政府は、花粉の飛びにくいスギを増やしてゆく様な事を言っているが、本当にそれでいいのだろうか?遺伝子改良だかなんだかで作られた花粉の少ないスギを敢えて植えるよりも、バランス良く、なら、くぬぎなどの広葉樹を含めて植樹した方が良いのではないだろうか?

そんな事を考えながら、今年も、できるだけ薬に頼らず、できるだけ自身の免疫力を高めたり、花粉に接する機会を減らす努力で乗り切ろうとしている。

一番いいのは、自宅のロフトでオットマンのある安楽椅子に腰を下ろして、好きなクラシックやジャズのLPを、真空管アンプと、バックロードホーンが奏でる音楽を、目を瞑って聴き、精神的にリラックスさせる事だろう。

不思議とその様な時には、症状も落ち着き、心の落ち着きも取り戻しすことができる。