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lunes, 6 de diciembre の日記

¡ no nos vamos, no nos vamos !
私たちは帰らない!

最終シーズンの後半が始まったLa Casa de Papel。邦題ペーパーハウス。もったいなくて、ちびちび見てる。

警察が善、強盗は悪。それが普通の刑事物。推理物。サスペンス。だけど、このスペインのドラマは、強盗グループがヒーロー、ヒロインで、警察は無様な悪として描かれる。

この、赤いつなぎにダリのお面の強盗たちの信条は、誰も殺さないこと、だった。だけど事態はどんどん悪化して、どんどん仲間や敵が死んでいく。大好きなナイロビとトキオも死んでしまった。

警察は、お涙頂戴VTRを作って市民にアピールしよう!と目論んでいたところに、強盗たちが動画ストリーミング配信をした。

リスボンとリオが、「何人も死んでしまった。私たちは銀行の外で応援してくれている赤い服の同士に顔向けできない」のような感じの(覚えてない…)メッセージを泣きながら訴えた。

彼らが立てこもっているスペイン中央銀行の外にはずっと、彼らを応援する多くの一般市民たちが同じような赤い服を着て雨の中も立って見守っていた。

そんな群衆に向かって、リスボンが「皆さん、もう帰ってください」と涙ながらに訴えた。つまり、私たちは応援してもらえるような人間じゃない、と言ったのだ。

そこで自然と湧き起こったのが
¡ no nos vamos, no nos vamos !
私たちは帰らない!

という声援だ。
なんかちょっと感動。

irseは、その場から出て行く、立ち去るなど、とにかく、どこかへ、ということより、場を去る、というニュアンスになる。

irは、どこかへ行く、というニュアンスになる。行き先が明示される。

日本語の行く・帰るは、家が基準だけど、スペイン語のir・irseは、人間基準、と聞いたことがある。だから、同じirseでも帰るという訳もあれば、出ると言う訳になる場合もある。

このno nos vamos は、この場から立ち去らない!と言う意味で、帰らない、と言う訳なんだな、と。何時間立ってる(経ってる)んやろ?と、ふと考えてしまったっっ。

とにかく、市民に愛される強盗vsダメ警察。
市民とのコミュニケーション能力は強盗の方が上でした。

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