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備忘録(マルドゥック・アノニマス1-3再読編)

毎年マルドゥック・アノニマスの新刊が出る前には前の巻を読み返す、というのが習慣になってもう四年くらい経つ。もうシリーズも八巻になるのでどんだけ続くのよ~! という感じで悲喜こもごもだが今年はなんとなくヴェロシティを読み返していた。
それも読み終わったのでさあ7巻よ! と思ったら、今年のアノニマスは5月に発売というではないですか。そんにゃ~んとなってしまったので、期間があるならいっそとばかりにアノニマスを全部読み返すことにした。そこで改めて読み返しての感想などをせっかくだからまとめておこうと思った。最新巻までのネタバレ全開です。

巨大な都市 悪徳の成長

3巻までしか読み返してない(というかこの三冊は一度読んでからまったく手をつけていなかった)ので、自然とクインテットの話ばっかりになってしまうのだけど、やはり7巻まで読んでいるとまず出てくるのが「バジルくん別人すぎ!!!」問題。いやもともとの特質としてブレない部分はもちろんあるのだけど、やっぱり初期のバジルはチンピラ上がりの気骨あるお兄ちゃんなのだ。お気にのベルトで人を殴って嬉しくなり、弟分と一緒にお家の壁に卑猥な落書きをして遊んじゃうのだ。
いや、わたしだって人様のお家に好きに落書きしていいよと言われたらうんことかちんちんとか書いてしまうと思うのだけど、今はそういう話をしているんじゃない。バジル・バーンくんはここから萌え特性を併せ持った気骨のある法学徒になっていくわけで、初期の彼からすれば考えられない成長ぶりである。

これがクインテットの恐ろしいところかつ魅力であり、同時に長期シリーズでなくては中々描けないポイントだ。1巻のあとがきで冲方が期間の決まってない連載枠を貰えたぜ! みたいなことを言っており、なるほどそうでなくては中々このプロット構築はできないだろうとうかがえる。

スクランブルにおいては変態殺人集団+ドデカ銃/ドデカ図体/ドデカ過去男、ヴェロシティでは過去に類を見ないような異形の最凶傭兵集団(変態)というインパクトに満ち満ちた敵が襲いかかってきた。そうなると、ロックくんを即殺したとはいえ1巻時点で現れたクインテットという集団はいまいちインパクトに欠けるところがあった感は否めない。それは二巻で〈天使たちエンジェルス〉が出てきた時にヨシッッッとガッツポーズしてしまった辺りからも読み取れるわけだけど、読み進めていくとそもそもクインテットという集団は前述の敵たちと役割が違うのが見えてくる。

都市における少女の再起を描いたスクランブル、都市が襲いかかってくる恐怖を描き出したヴェロシティがあり、この二作を経て大きく広がった都市をまるごと描き出しに行っているのがアノニマスだ。それは巻を追うごとに増えすぎていく登場人物がよく表している。そもそもヴェロシティの頃から結構登場人物多かったよね、とこの前読み返して思った。
こうして大きくなった都市を描き出すとなった時、いくらウフコックが潜入するとはいえ、イースターズ・オフィスの視点だけでは足りないのだ。そもそもウフコックが潜り込む対象が必要だよねという話でもあるけれど、その対象はより多く都市の裏側に接する者たちでなくてはならない。
そうした物語の要請に答えているのが「成長する悪」だ。小さなセルから始まったクインテットは、巨悪の始めた異能力者殺し合いゲームを逆手に取ってこの都市に溢れる悪に接し、合わさり、均一化イコライズしてより大きな悪となっていく。天国への階段マルドゥックの下層から、猛スピードで拡大しつつ上昇していくハンター、そして彼が率いるクインテット。この成長の恐ろしさが、アノニマス序盤が描き出す物語の大きなフックになっている。

変化する善

成長するというのはつまり変化であり、では変化が成長なのかといえばそうでもない。繋がり、拡大して成長する悪を前にしたウフコックは望むと望まざるとに関わらずその能力を成長させた。欺瞞の臭いを事細かに嗅ぎ分ける力は確かに潜入捜査には有効で、ウフコックの有用性を高めてくれる。でも嘘の臭いがめっちゃわかるって嫌じゃん……。その点ブチャラティは汗を舐めないと嘘の判断ができないのでまだマシだ(なんの話?)。

変化を強いられるのはウフコックだけじゃない。勢力パワーとなりつつあるクインテットを前に、ウフコックは彼らに対抗する善の勢力パワーを希求し、市警やネイルズ・ファミリー、企業家なんかを巻き込んで勢力を構築する。そして大きくなった彼らの策は、クインテットの中軸エンハンサーの一人、アシッド・バルーンを犠牲にするという方向へ向かっていく。結果として、それはイースターズ・オフィスの方針である〈殺さない・殺されない・殺させない〉に背く形になった。
悪を裁くため悪とされることに踏み切ることの是非は置いておくとして、クインテットに対抗するためイースターズ・オフィスはその在り方を変えざるを得なかった。ウフコックも、潜入捜査の過程でいくつも法に抵触している旨の記述がある。悪を掃討クリーンするために潔白クリーンではいられなかった彼らの戦いは、最終的に大きな悲劇に突き進んでいく。
かたやクインテットは、成長の果てに合法化リーガライズを目指して行動を始め、福祉施設セトルメントを作ろうとかいう話になっている。ハンターの目的はマルドゥック市の均一化イコライズなので、ある種の法的善を目指すのは妥当だ。法の元で善と悪の境界が揺れている。

異能/銃撃/斬撃

ここで少しエンタメ的な部分の話。三冊を重ねて印象的な人物なんていくらでも居る中、ひときわ目を引くのがラファエル・ネイルズだ。バカでかい軍刀をひっさげた童顔の巨漢、甲高い声で「ぶったぎゅう!」で、インパクトある登場、めちゃくちゃな活躍、壮絶な退場(厳密には退場ではないが)を一冊の中でやっていった凄まじいキャラクター。カトル・カールがプッティ・スケアクロウだけになった今、〈天使たちエンジェルス〉を抜きにすれば最もカトル・カールに近い異常人間なのではないか。

バトルがしっかり面白いのがマルドゥック・シリーズであるが、エンハンサーがとにかくたくさん出てくるアノニマスはその描写感も手数が多くて楽しい。中でもラファエルvsトレヴァー→ラファエルvsシルヴィア→シルヴィアvsレイ・ヒューズ/アダム・ネイルズ/オックス市警察委員の戦闘は個人的にとても気に入っている。
おおむね無敵みたいなトレヴァーをどうすればいいか?=「ぶったぎゅう!」は完全に相性の問題だ。これが成るのはやっぱり群像劇の妙というもので、それがシルヴィアとの戦いに移るとラフィも倒されてしまう。こういった流れで、やはり階層のあるアパートメントという舞台設定が活きてくる。ヴェロシティでも立体駐車場を舞台に、メンバーが上下階を行き来する戦闘シーンがあった。階層がシーンを分け、各個撃破という現実的な戦略と多層的かつ読みやすい戦闘描写を成立させる。

極めつけはシルヴィアvsガンマンたちの戦闘で、レイ・ヒューズの正確な銃撃はシルヴィアの弱点を突き、アダムとの連携で以てこれはもしやというレベルまで追い詰めてしまう。結果はオックスの死とシルヴィアの逃亡に終わるわけだが、ラファエルとレイ/アダムという人間組がエンハンサーを撃破する可能性が描写されている。エンハンサーも万能というわけではなく、銃で撃ちまくられれば死ぬというバランスで保たれているわけだ。都市を舞台にしたSFエンタメとして、これぐらいがちょうどいいよな~と思う次第だ。

人間的な悪 共感のかたち

お気にのベルトで人を殴って嬉しくなり、弟分と一緒にお家の壁に卑猥な落書きをして遊んじゃうバジル・バーン兄貴の話をしたけれど、こうした描写はクインテットの面々がとても地に足のついた、生きたギャングであることを印象づける。オーキッドやバルーンも居る〈ファイブ・スター〉を均一化イコライズした彼らは、強固な絆を獲得しながら組織として大きくなっていく。
そんな彼らを繋いでいるのが、手から赤い針を出せるエンハンサーのウィリアム・ハント・パラフェルナーさんである。こうして書くとめちゃくちゃ弱そうだ。彼のバックボーンは三巻時点でも全然明かされない。まるで人間的でないとは言わないが、猛然と思考する姿を虫のようだと例えられる彼はかなり人間味に欠けている。そんな彼の能力は、手から出る針を刺して共感シンパシーを与えるというもの。共感を拒絶するウフコックに喜びを与え、デューク・レイノルズを自決させ、バルーンに自白という喜びを与えた。能力それ自体に殺傷能力はないが、イデオローグとして振る舞うには途轍もなく便利な能力だ。実際のところ人も殺せる。
では、そんなハンターが提供する共感シンパシーによって結び付けられたクインテットという集団の結束は偽物なのだろうか? といえば答えはノーだろう。彼らは時間を重ね、行動を共にして信頼を重ねている。そこにハンターが提供した共感シンパシーがあるとして、彼らの繋がりを簡単に偽物だと切って捨てることは難しい。人と人の繋がり、共感シンパシーは必ずしも人と人の純粋な意識だけで成り立っているものではなく、物質的なものや目的意識を元に形成されたものが強い絆に成長していくこともあるだろう。

そんな彼らの共感シンパシーを利用する作戦をウフコックたちは立て、バルーンやレイノルズを犠牲にすることを軸に作戦が動いていく。それをハンターが思考の元に理解したとき、ハンターはウフコックへの理解を深めていった。共感シンパシーを司る男の猛烈な思考が、感情を嗅ぎ分け理解する鼠への理解を獲得していく。善と悪の境界が揺らぐ中、近い能力を持つ二人もまた近づいていく──という構成も面白い。

バロットとウフコックが再会したとき、バロットは「私、まじで頑張っちゃう」とウフコックに告げた。二人を繋ぐ強い共感シンパシー「まじで頑張っちゃう」という飾り気のないまっすぐな意思と信頼の言葉。この言葉が発される嬉しさを想うと共にふと思い出されるのは、トレヴァーが「ぶったぎゅう!」される刹那、シルヴィアが叫んだ「やめろ!」という飾り気のない悲痛の叫びだ。共に戦ってきた仲間が斬り殺されんとしている切迫した状況で心の底から発された「やめろ!」には、純粋な共感シンパシーが乗っていたように思える。こんなんじゃクインテットのこと好きになっちゃうよ~~~~。上記ふたつのセリフは3巻の中でもかなり好きで印象に強く残っている。


3巻を読んでいる途中、ふと思い立って7巻の人物相関図を確認した。意外と人死んでないな~と思ったのだけど、改めて3巻まで読み返すとめちゃくちゃ死んでいる。そもそもエンハンサーゲームの時点でふり落とされたエンハンサーたちが死んでいるし、ロックもサムもブルーも死んでレザーとラフィは昏睡。オックス市警委員にカジノ協会の幹部二人、戦闘に参加した多くの警察官たちに、惨殺されたモーモント議員の家族とシルバー社に移った女性たち。いっぱい人が死んでいる。これは忘れちゃいけないことで、今も最新刊を生きる敵対キャラクターたちの地位や萌え萌え属性は事実としてあるこれら多くの死の上に立脚している。そして、死んでいった者たちを無下にしないためにウフコックたちは戦っているのだ。

だいたいこんな感じです。次はこの世のシリーズ小説の一冊で最も面白いと勝手に思っているアノニマス四巻なので、楽しみ~~~~。

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