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不遜の泥 3夜

厄日だと感じた日は、どこまでいっても厄日だと感じざる終えない事が重なる。

大根役者の登場にリズムを完全に崩された私は、スマホを弄りながら無駄にサドルを高くしたインテリ系ロードバイク乗りと危うくぶつかりそうになるし、
声に化粧でもしてるのかと言わんばかりのティッシュ配りの女性から差し出される腕に、首を横に振っただけで舌打ちされるし、

 極めつけは、バイト先のコンビニのロッカーで、青と白のシマシマで飾られた制服に袖を通し終えた後にそれは起こった。

着替えて事務所に戻ると、視界に入るハゲ散らかしてますよ!と頭皮がシャウトしている様な後頭部。
もとい、うちの店長が少しは大事にしてあげたほうがいいであろう頭をバリバリ掻きむしりながら言った。

『あなたの契約更新月に…さ、新しいバイトの子入るから…もう来月から来なくてもいいけどどう…する?』

『えっ...?あーはい。じゃあはい。辞めます。』

じゃあってなんだよ!!!なんて数分前の自分の返答に悪態をつき、そして不当解雇に困った時は労基へ!なんて、とうの昔に底がついたエネルギーを割く様な事しか考えを見いだせない己の語彙の無さを怨みつつ、
真顔で無機質な棚に商品を並べて行く。

『あぁ....厄日だ....。』

自分が溜息の混じる街並みの一部になっていく様な感覚に虚しさを混ぜて飲み干した様な気持ち悪さで、全身に毛羽立つ鳥肌伝って行くのを服の裏地越しに感じながら悪態をついた。

「ぉはよぅございまぁす」

耳の中を毛虫が蠢いて、暫く離れない様な声で出勤する女が私の横を過ぎ事務所へ入ってゆくのを常に俯く周辺視野の片隅にとらえる。

私は、その鼻声女に軽く会釈をして、補充する商品を追加しようと立ち上がった時、店舗と事務所を繋ぐドアが半開きなのに気がついた。

閉めようと近づきドアノブと私の指が触れ合う3センチ前に聞こえてしまった。

「ぁのダサ女ぁ....]やっと出てぃくんですかぁ〜?」

先ほどよりも声を鼻に掛けて頭頂部に言う。

「あっ..あぁ。仕事はー...まぁ....それなりにできるから使ってやってたんだが、やっぱ客商売だから華が…ないとー…さ。」
「この辺は、華のあるお客様がたくさん来店するからね。」

やぁーん等と言われながら発言する言葉の端々に、『出来る男』的空白を纏わせつつ、ちらちらと鼻声女を見ながら言う。

私は、改めて世に蔓延る人類という生命体が、

泥の様に腐っている。

そう思った瞬間だった。


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