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連続note小説『名称未定と言う名の小説です』チャプターワン『まいねーむいずヒカル。ばっとウシク!』

チャプターワン
『まいねーむいずヒカル。ばっとウシク!』

平日。今日も、いつもと変わらぬ、朝が来た。
「アレクサ! 5分後に音楽かけて!」
黒川熙(ひかる)は布団の中で、そんなことを何度も繰り返していた。
壁に貼ったスマートリモコンはテレビに電源を入れていた。

熙は薄く開けた目で、テレビ画面の端に映る時刻を見た。

6:45

熙は朝6:40牛久発の上り列車に乗らないと、始業時刻に間に合わない。
熙は目を大きく開けた。
「やべー!」
慌てて、白いシャツを着て、靴下を履き、ネクタイを巻き、ジャケットに腕を通すと、走って下へ駆け降りた。
「なんで、起こしてくれないんだ!」
「だって寝ているんだもん。熙! ご飯は?」
「いらない!」
母親に一言言うと家を駆け足で出て、
自転車に飛び乗って牛久駅へと向かった。
牛久駅東口の駐輪場に自転車を止めると走って駅に向かう。
まだ時間に余裕があると見ると、熙はコンビニでモンスターエナジーとパンを買って、Apple Watchを当てて改札をくぐった。

ホームで、パンをかじりながら、エナジードリンクで流しこむ。
ゴミ箱に空き缶と袋を捨てると、ポケットの中を弄った。

(あー、AirPodsとタバコ置いてきちゃった……。
バカやなー。地獄の痛勤4時間やん。いーや、特急乗っていこう)

iPhoneを取り出し、JR東日本のチケット予約サイトえきねっとから、チケットを予約する。
窓側の席は「×」が並ぶ。全車両。全て予約済みだった。

(当然の窓側、全予約状態。誰かの隣にライドオン。嬉しくねー。美女の隣なら良し!)

熙は適当な席を選んで、予約を済ませた。
ホームに特急ときわが入ってくる。
次の普通電車を待つ乗客を尻目に、熙は自分が上流階級になった気分でときわに乗り込んだ。
席を探していると、熙の席にはカバンが置かれ、窓側の席の男が熟睡していた。

熙は「すいません、座ります!」と声を張った。男が顔を上げると熙は驚いた。
「あ……。森田部長……」
「おい……。ウシク。お前も社長出勤か?」
熙のさっきまでの威勢はどこに行ったのか、縮こまりながら席に座った。
そこから、熙は一睡もできなかったが、森田は爆睡していた。
森田が爆睡している横で、熙はXを見たり、JaneStyleで5チャンネルを眺めた。

(これは有意義な時間? 眠っている方が1000倍有意義だろ。)
熙も気がついていた。
気にしいの熙にとって、森田の隣で爆睡することは難しかった。

上野駅に着くと、熙は足早にときわを降りた。
山手線に乗り、秋葉原で総武線に乗り換える。
聖橋を超えたあたりで、熙は思った。
(旅行でもないのに、特急使うのちょー最悪。目的地には何の楽しみもございません。何やってんの自分。しかも、隣に森田部長がいてちょー気まずいし。あー、そうだろ?)
熙は飯田橋で降りた。
熙と同じようなビジネスマンがたくさんいる。
青信号になった交差点を渡っていく。

(左に行けば、神楽坂。俺の行き先はどこでしょう? まだ余裕がある。コンビニでタバコ吸ってきましょか?)

コンビニに入ると熙はクールマイルドを買うと2階の喫煙所へと向かった。
喫煙所に入ると、熙はポケットを弄って、ライターを取り出した。
タバコに火をつけると、強く吸い込んで、熙は吐き出した。
(うーーまーいーーーー。朝の一服目はなぜこんなにうまいのでしょうか?
ライターはポケットに入っているのに、AirPodsはないのなぁぜなぁぜ?)
根本まで吸い込み、ほぼフィルターだけになった吸い殻を捨てると、熙は会社へと向かった。
熙フロアの8階へと向かった。
何の希望もないです。
「おーざいまーす……」
タバコを吸った瞬間と打って変わって、熙の元気は全くなくなっていた。
始業を知らせるチャイムがなった。
朝礼がはじまった。
「次、黒川」
「1日、社内おります」
熙は1年間で240回朝礼でこれを言っていた。
毎日、毎回これしか言わないのである。雨の日も、風の日も、雪の日もこれだけである。
熙が休んだ日は、この一言がない。だから、「ウシク、体調崩したんだな」と木村をはじめ
同僚たちはそこで気づいた。

黒川熙にとって、仕事とは何か。

プロフェッショナル 仕事の流儀
サラリーマン 黒川熙

「仕事? 行けば金がもらえるものじゃないですか?」

  終
制作・著作
━━━━━
 ⓃⒽⓀ

(そう、行けば金がもらえる。9時間の苦行に耐えれば、金がもらえる。それだけだ)

熙は仕事に、やりがいや成長を求めていなかった。求めていたのは定時に帰宅すること、自由な時間だった。

だから、この部署でダラダラ働くのである。
ただ、熙は自分が手に入れた自由な時間をしっかりと消費している感覚がなかった。
惰性でその時間を過ごしている気がした。
「おい、ウシク!」
「あ、なんですか、木村さん」
「いつ、タイソン・フューリーと戦うんだよ?」
「それ、俺じゃないっすよ」
「何言ってんだよ、もうすぐやんだろ!」
木村はジャブを空に放つ。
熙が『ウシク』と言うあだ名になったのは木村が原因だった。
木村は格闘マニアで総合格闘技、ボクシング、レスリング、グラップリング、あらゆるものに目を通していた。
熙は入社時、木村と同じ今の部署に配属された。熙は初日から、木村から牛久出身をいじられた。熙は木村からしつこいヘビー級ボクサー、オレクサンドル・ウシク弄りを毎日受け続けた。気がつけば、『ウシク』というあだ名が会社での愛称になっていた。5年が経ち、オレクサンドル・ウシクも超大物のチャンピオンになっていた。
熙の自尊心は少し満たされた。

喫煙所で新入社員に熙は聞かれた。
「ウシクさんって、黒川さんだったんですね。総合格闘家にも、牛久さんっているから」
「そうだね」
「牛久出身ってことは大仏ですね」
(はい、1番うぜー絡み来た!)
ウシク、熙はオレクサンドル・ウシク弄りはまんざらでもなかったが、大仏弄りは「大っ嫌い」だった。
熙は大仏と聞くと、牛久に大仏しかないように感じた。
牛久には何もないという事実を突きつけられる。
(大仏だけは言わないでくれ)
熙はいつも思っていた。
気を利かせてくれた一言がウシク、熙を傷つけていた。
それを言われた瞬間、熙は下を向いた。無言でタバコを吸い終えると喫煙所を出た

終業のチャイムがなった。
熙は荷物をバッグに詰め込んで、ジャケットを着込むと、「お疲れ様でーす」と叫んで、外に出た。
上野に向かっていると、熙はまた特急に乗りたい欲が出てきてしまった。
上野から龍ケ崎市駅までの特急券を買う。
龍ケ崎市駅で降りると、改札をくぐって、向かったのはマクドナルドだった。
(モバイルオーダー!)
熙はダブルチーズバーガーセットパティ2倍を頼んだ。
やってきたダブルチーズバーガーにむしゃぶりつく。
5分で食べ切った熙は残ったドリンクを片手に持って、西口に移動した。
喫煙所につくと、熙は一服した。東口の喫煙所より、龍ケ崎市駅西口の喫煙所の方が熙は好きだった。例の如く、フィルター手前まで吸い切ると、吸い殻を捨て、コーラを飲み切った。

ホームに向かうと、ちょうど下りの電車が来ていた。熙は空になったボトルをゴミ箱に捨てて、電車に乗った。

牛久駅に着いた。時刻は20時前。
熙は東口を出ると、左へ進んだ。
右手にライターを持って、何度もホイールを回した。
シュボ! シュボ! シュボ!
一瞬火がつく。
喫煙所に入ると、クールマイルドに火をつけた。
ボックスは空になっていた。
くしゃくしゃに丸めて、ポケットに突っ込む。
熙はゆっくりとタバコを吸い込み、ゆっくりと吐いた。
電車でタバコを吸えなかったスモーカーたちが次々と集まってくる。

一番に吸い殻をを灰皿に捨てると熙は喫煙所を出た。
熙はロータリーを渡って直進していった。右に焼き肉店、左に煉瓦調の建物がある中を歩いていく。

すると、坂が現れる。熙は登って行った。これは牛久駅東口大型歩道橋『うしくかっぱ歩道橋』だった。ほとんど渡っている人が誰もいない、「無駄公共事業」特集に出てしまうような歩道橋だ。

熙は北側のフェンスを持って、身を乗り出し、周りを見て叫んだ。
「なんにもねー!」
続いて、日時計のモニュメントを越えて、南側のフェンスからみを乗り出して、周りを見て叫んだ。
「なんにもねー!」
フェンスから離れると、ポケットから、新しいクールマイルドの箱を取り出して開ける。
タバコを1本取り出すと、火をつけて、熙は吸い始めた。
深く吸い込み、長く吐く。
誰もいない。
熙はタバコを吸い終えると、吸い殻を歩道橋の上から捨てた。

熙はモニュメントの縁に座り込んで言った。
「今日も、誰もここに来ませんでした。来るわけなんてないんですけど。
それより、マジでつまらねー1日だった。明日もこれが続くのか」

熙はさらにタバコを一本取り出し、吸い始め、独り言を言い始めた。

「あー、なんのために生きているの?
タバコを吸うためか。そいつは、イージー。イージー。イージー。
おい。俺の人生より面白いと思っているんだろ? もう少し読み進んでみろ、そんじゃな」

熙は立ち上がると、歩道橋をタバコを吸いながら降りて行った。

チャプターワン  完

※ここまで読んでくれてありがとう。
この物語はフィクションです。イケダアオ運運による創作です。実在の人物、団体、場所とは関係がありません。へくしょん!


※次回1月中に更新予定。


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