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首都高

 金曜日から土曜日へと日付が変わって小一時間。ようやく仕事を片付けた僕は会社の前でひろったタクシーに乗り込んでネクタイを緩めた。車は首都高の芝公園入り口に向かっている。この時間なら湾岸線経由で自宅まで20分もかからないはずだ。しかしどういうわけかレインボーブリッジに入る手前で予想外の渋滞につかまってしまった。車が一歩も進まなくなってから数十分。交通整理用の誘導灯を持った警官が前方から歩いてやって来て言った。

「ここから先は車両通行止めとなりました。徒歩での通行をお願いします」

 車から降りた僕はレインボーブリッジ方面へ歩いていく人々の群れに合流した。十分ほど歩いただろうか。僕は予想だにしない光景を目の当たりにした。そこにあるはずのレインボーブリッジが、なかった。橋のこちら側からお台場まで架かっていた橋の部分が粉々に砕けて海に沈んでいたのだ。これは一体どうしたことかと近くにいた警官に尋ねようとすると

「はーい。立ち止まらずに海に飛び込んでくださーい!」

 と言われ強引に列の中に押し戻されてしまった。列の先頭を見ると警官の指示に従って人々が海に飛び込んでいる。

「ちょ、ちょっと待ってください。何で海に飛び込まなきゃいけないんですか!?」僕はさっきの警官にもう一度詰め寄った。

「何でって、そういう決まりですから」警官は面倒くさそうに言う。

「決まりって、あんなところから飛び込んで死んだらどうするんですか!?」

「たまにいるんだよなぁ。アンタみたいな人。もう、最後のチャンスですからね」

 そう言うと警官は僕に拳銃を差し出した。

「六発入るリボルバーに三発弾丸が入っています。こめかみに銃を当てて引き金を引いてください。確率は五十パーセント。当たらなければ飛び込まなくてもいいです」

「なんでこんなところでロシアンルーレットしなければならないんだ!? 誰か、他の警察の人! だれ……」

 言いかけたところで体が硬直して動けなくなった。銃口の重みとひんやりした感触がこめかみに伝わる

「あのね。いちいち手間かけさせないで下さい。では、本官が代わりに引き金を引きますんで。ハイ! いち、にーの、さん!!」

 気がつくと先ほどのタクシーの中にいた。どうやら自宅の前に着いたらしい。汗でワイシャツがぐっしょりと濡れていた。ハンカチで汗を拭い、一息ついて代金を払う。車から降りるとき、運転手がぼそりと言った。

「お客さん、戻ってこれてよかったですね」 

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