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小説 | 竹島


透明な手紙の香り。
あるはずのない手紙から潮の香りがした。ぼくがコーヒーを飲んでいると「涼介見て見て」と清美は嬉しそうに封筒の中味の手紙をよこした。
「なつかしいよね。あの頃わたしはまだ美容師していたんだ。『アクオの店長になっているはず』なんて書いてあるし」
「あとから読むよ」こたえてコーヒーを飲み干した。
「また行きたいな。竹島」

*

竹島。愛知県の三河湾に浮かぶ小さな島。島全体が八百富(やおとみ)神社の神域でありパワースポットとしても人気がある。
「わあ、とばされる!」島へ続く竹島橋。潮のにおいを含んだつよい風で清美の麦わら帽子が吹き飛びそうになる。空に雲はなく青色だけ。ユリカモメが鳴いていた。島につくと緑が豊かだった。

「アクオの店長にぃ、なれますように。お願いします」柏手を打ったあと願い事を口にだして言う清美は可愛らしかった。ぼくはその横で静かに祈願した。手を繋いで、砂浜で貝殻を拾った。そのあとに近くにあった『海辺の文学記念館』へ行く。

「未来に手紙を送れるんだって!すごくない?」清美が言った。
『時手紙』期間を指定して、手紙を施設が保管。その後に発送される。手紙のタイムカプセルのようなサービスだ。

「わたし、5年後の自分に手紙を書くわ」
中身を見られたらつまらないから涼介はあっちで待っていてと言われた。だけどこっそり、ぼくも便箋を持ってきた。隣の部屋でこっそり書いた。
今日のデートも最高に楽しかったこと。竹島で、清美と結婚したいと願ったこと。5年後はきっと結婚してるだろうということ。ここまで書いたところで手が止まった。書き損じを入れるくずかごに丸めて捨てた。

*

「こんなに面白いのなら、一緒に書けばよかったね」
シンクでマグカップを洗っていたらリビングから聞こえた。あの頃は、ぼくは職を失ったばかり。爽やかな気持ちになる為に竹島に行った。手紙は出せなかったけれど、それからすぐに就職が決まった。ぼくの願い事も叶った。リビングへ戻り妻が彼女だった頃の手紙を読む。
「涼介と結婚しているに違いない」と書いていた。自分が途中まで書いた手紙も、今日一緒に届いた気がした。

透明な手紙の香り。
あるはずのない手紙から潮の香りがした。


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