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ikeshirokaori_ochibo2014/1-6

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2014年、琉球新報のコラム欄「落ち穂」に連載したエッセイ。宮古島の図書館、ありんこ文庫、写真展など①〜⑬を収録。
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①私設図書館をつくる

①私設図書館をつくる

 2013年4月、宮古島で「ありんこ文庫」をオープンしました。女性と子どもを対象とする絵本図書室です。約500冊の作品を新たに購入し、無料で開放しています。アイデアをあたためていたとき、「文庫を作りたい」と地元出身の方に話すと、版型の小さな「文庫本」を想像される方が多くて、「図書館」の意味をさらに説明することしばしば。いっぽう、島外出身の方はすぐに話ができることが多くありました。おそらく、宮古島で

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②科学を伝えたいのなら

②科学を伝えたいのなら

 私は2002年から5年間、お台場の日本科学未来館で科学コミュニケーターの仕事に就いていました。大学の専攻は理系でしたので、好きな分野に関われる職場を選んだと思われがちなのですが、第一希望は宮古島の図書館。司書講習でウェブ検索の課題があり、偶然、未来館の求人を見つけたのがきっかけです。図書館は全国的に求人が少なく狭き門ですので、同じように公共サービスを提供するミュージアムであれば、社会勉強になると

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③ありんこ文庫をつくる(1)

③ありんこ文庫をつくる(1)

 図書館は不思議な存在です。たとえば、飲食店を経営するなら利益を出せる範囲のフォロワーがいれば充分です。図書館の場合は、人びとがその情報をどのようにシェアしてゆくのか、機能において成立する側面があります。大きな予算をかけ大量の資料を集めようと一段の本棚であろうと、本質は同じです。

 生まれ島の宮古島で、小さな絵本図書室を作ろうと思った直接のきっかけは、市の新図書館計画が延期になったことです。新図

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④ありんこ文庫をつくる(2)

④ありんこ文庫をつくる(2)

 2012年12月、静岡県にお住まいの女性が、ありんこ文庫を訪ねてきました。その方は30年以上、ご自宅の一角を子ども向けの図書室として開く「家庭文庫」を続けており、観光で宮古島を訪れていました。ネットで観光情報を検索するうちに、まだ準備中のありんこ文庫を見つけたのだそうです。また、福岡県で20年以上も同じような文庫活動をされている女性がいらっしゃったこともありました。

 宮古島ではほとんど知られ

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⑤ありんこ文庫をつくる(3)

⑤ありんこ文庫をつくる(3)

 宮古島市の新図書館の延期、県立図書館宮古分館の廃止、続けて2011年、文化財価値の高かった旧図書館建築の解体。宮古島の図書館の不遇ぶりに胸を痛めながら不思議に思っていたのは、多くの市民は行政の判断を素直に受入れているように見えたことです。2割弱の利用率なら、むしろ本質的に図書館が好きな人たちが利用しているはずです。

 全国には公共図書館を下支えする地域のボランティア組織が多くあります。日常業務

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⑥ありんこ文庫をつくる(4)

⑥ありんこ文庫をつくる(4)

 子どものための文庫を作るなら、民間運営とはいえ、無料公開と決めていました。家庭環境に左右されず、どの子にも気軽に来てほしいからです。しかし、事業を始めるには資金が必要です。私個人の貯金では部屋や設備にかける部分でせいいっぱいでした。肝心の絵本の予算が足りず、勤め先の給与から少しずつお金を貯める日々を過ごしていました。

 2012年のある日、お世話になった方が「ニコニコ学会β(ベータ)」というプ

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⑦うりずんの日のありんこ

⑦うりずんの日のありんこ

 昨年の秋に芽を出したサトウキビは、もう小学生くらいの背丈になりました。うりずんの風が畑を抜けてカーテンを揺らし、3歳の女の子のおでこを優しく撫でています。彼女は、すーすーと寝息をたて、ぐっすりと眠っています。さっきまで私といっしょに絵本を読んでいましたが、目をこすり始め、とろんとなって、コロンと眠ってしまいました。
 一緒にきた1歳の妹は部屋を走り回り、「はらぺこあおむし」のぬいぐるみで遊び、本

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⑧島の赤ちゃんに絵本を

⑧島の赤ちゃんに絵本を

 その図書館員の女性が学校訪問で初めて会った5歳の男の子は、絵本を手に取ると、においを嗅ぎ、椅子に敷いて腰掛け、友達に投げようとしました。彼女は驚き、彼がそれまで絵本を読んでもらった経験をもたなかったことを知ります。
 貧困などの事情があるのでもなく、ごく普通の家庭で、たまたま周りの大人が本に興味を持たない環境で彼は育ったのでした。彼女は、図書館に来ない人たちにこそ積極的に関わる必要性を強く感じ、

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⑨宮古琉米文化会館

⑨宮古琉米文化会館

 2010年の夏、私は那覇に来ていました。沖縄映像コンペティションに応募したショートストーリーの1次審査が通ったので、2次審査の面接に参加するためでした。このコンペは「映像化」を前提に全国から原案を募集しており、前年には中学生の仲村颯悟さんが「やぎの散歩」で監督デビューを果たしたことが大きな話題になっていました。

 私が書いたのは、戦後、米国が宮古島に設置した図書館施設である「琉米文化会館」を背

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⑩島から世界を見つめる

⑩島から世界を見つめる

 石川直樹さんの写真作品を初めて拝見したのは、写真集「ARCHIPELAGO」でした。日本列島を南北の島の連なり(=群島)として独自の視座により捉えなおす意欲作で、宮古島で撮影された写真も収録されています。

 本書を手にしたきっかけは友人が贈ってくれたJTAの機内誌でした。おすすめされたのは沖縄本を紹介する特集でしたが、私は石川さんのエッセーのほうに興味を引かれました。
「部分から全体を、島から

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⑪豊かさについて

⑪豊かさについて

 小学生のRくんは、よく友達や家族とありんこ文庫へいらっしゃいます。利発でスポーツが得意なRくんは、一方で折り紙好き。この日は私もいっしょにとりとめのないおしゃべりをしながら、テーブルを囲んで折り紙をしていました。子どもには珍しくない唐突さで、それまでの話の流れとまったく関わりなくRくんが、「宮古島のほうが豊かだよ」と話を切り出しました。折り紙の手を休めることなく、目線も手元に集中していて、言葉だ

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⑫名前の由来

⑫名前の由来

 「どうして『ありんこ文庫』という名前なの?」
 子どもたちから、よく尋ねられる質問です。私はすぐさま「どうしてだと思う?」と尋ね返します。たいていは、「小さい図書館だから」との回答が返ってきます。確かにその意味合いを含んでいますが、もう少し、こだわりがあります。

 まだ文庫を作る決意もなく、夢のようにフワフワと憧れていたころ、ありんこ文庫の名前を思いつきました。全国にはたくさんの文庫があって、

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⑬可能性の樹形図

⑬可能性の樹形図

 2011年に目の当たりにした社会的なこと、個人的なことがきっかけでずっと考えていることがあります。
 誰かにとって大切なことが、誰かにとって同じ価値になり得る可能性への問い、記録を残し、伝えようとすることの根源的な意味について。
 縁あって、宮古島市の中学生向けに講話する機会をいただいています。私が中心に据えてお話するのは、学ぶことを、生きるための情報を共有する行為として解釈することです。学校は

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