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改正入管法と海外ルーツの子どもの「課題」はつながってそうで、つながってない。そもそも今に始まったことじゃないんだから。

「外国人」に関わること、嵐のような日々はまだまだ続いてる。私たちの元にも連日のようにメディアの取材依頼とか、連携の打診とか、いろいろな波がやってくる。

この嵐は、だいたい2018年の6月に骨太の方針で外国人労働者の受け入れについて言及されたあたりが始まりで、同年秋の臨時国会で入管法改正の議論が本格化すると超大型の猛烈な台風となり、大小さまざまなメディアが次々と外国人や海外ルーツの方々の現状を報じ始めた。改正入管法で定められた新しい在留資格「特定技能」の2号が、家族の帯同が可能であり、事実上、永住への道を拓くものとなったことで、その嵐には海外ルーツの子どもたちも巻き込んでいくことに。

この質問はもっともそうに見えるけど、実はあまり的を得ていない

Q:「入管法が改正され、外国人労働者が増えるので海外ルーツの子どもも増えいくことになると思いますが、それについてどう思いますか?」

というようなことを、この数ヶ月間、かなりの回数尋ねられたと思う。

そのたびに、子どもたちの支援機会の欠如が子どもたちを追い込んでいること、自治体によって支援体制の格差があり、それが最大の課題であることを伝えてきた。

これまでと同じように。変わらぬ課題を、繰り返し、伝えている日々。

そう。海外ルーツの子どもたちや外国人保護者、生活者が日本社会で直面する課題は、この「入管法改正」にはほとんどリンクしていない。そりゃ確かに、日本語を母語としない人はこれから増えるし、これまでほとんどそういう人がいなかった地域に暮らす外国人も増えていくだろう。

でも「外国人の増加」は、今に始まったことじゃない。海外ルーツの子どもの課題とか、日本語がわからない外国人の対応とか、そのあたりの「はじまり」は、今は1990年の日系人の移住から、となってる。(本当は在日韓国朝鮮の方々の歴史とか、その前の前の前の歴史とか、そういうことに「起源」を求めるべきだと思うのだけど、それはまたいずれ)

そもそも、入管法改正で単純労働分野で”受け入れ”が決まった34万人と見込まれる特定技能の方々の内、家族が帯同できる「2号」の資格は建設と造船・船用工業分野に限定されていて、その他の業種はしばらく見送り。つまり、今後5年間でこの特定技能で働く外国人のほとんどが、家族と日本で暮らす事はできない(家族が共に暮せないことの問題点はまた別)。

今流れている情報で、ここを正確に伝えているものは少ないんだよね。

30年前の子どもたちが今の子どもたちと同じことで苦しんでるって、どう考えても「なんで?」ってなるでしょ。

1990年あたりから日系人の方々が日本にやってきて、今で言う「外国人集住自治体」は独自の対応を迫られてきた。でもその対応は最初から(今でも、と集住地域の方々は言うけど)十分だったわけじゃなく、このころに「子ども」として来日した日系人の方々は、異口同音に「今(2019年)の課題は、この30年間何も変わっていない」と言う。

彼らがかつて子どもだった頃、日本語がわからず困り、母語がわからなくなって困り、日本語のできない親についていって、ほとんどわからない日本語で”通訳”しなくちゃならなかった。勉強が理解できず、助けてくれる人もみつからず、高校に進学できるのは限られた子どもたちで、親と同じ工場勤めしか自分にはないのかとあきらめた。

30年間、かつての子どもたちも、今の子どもたちも、ほとんど変わらない困難を抱えて、この社会の中で苦しんでる。

日本政府と社会は海外ルーツの方々がこの国で生きること、担い手として社会の基盤を支えてくれていること、でも支援が自治体やボランティア頼みで十分でなく、たくさんの子どもたちやその親達が大変な思いをしている事を「見てみぬふりをしてきた」だけであって、問題はずっとずっと、ここにあり続けた。

改正入管法があっても何も「ゼロ」にはならないよ

それがなぜか、改正入管法の一連の流れを機にまるで「リセット」されたようになってしまっているのが、今は一番気になってる。「新たな在留資格で外国人労働者を34万人、5年間で受け入れます!要件を満たせば家族帯同許可、事実上、永住可」というニュースが与えたインパクトは、まるでゼロが一気に34万になるような、その34万人が全員日本語がわからない子どもを連れて日本で暮らし始めるような、そんなニュアンスを含む(ように感じる)。

「今までほとんどなかった問題が、34万人とその子どもたちが日本に”急激に”増えることで、”爆増”する。大変だ!なんとかしろ!!」みたいな。

そしてそのインパクトが、今は強調されすぎているような懸念を抱く。

急激な変化への恐れや不安や焦りは、いずれ、反動を生むのではないだろうか。怒りとなって、むやみにマイノリティ側の「自己責任」論を強化し、その矛先をまったく的外れに当事者へ向けるのではないか。そんな懸念を持っていたりする。

この30年間にやってこなかったことのツケを、払っていっている

「外国人」を巡る社会の変化に不安を感じる人がいたとしたら。海外ルーツの子どもたちや外国人保護者の課題を最近知って、自己責任、嫌なら日本に来るな、税金はまず日本人に使えという人がいるとしたら。

「事実上の移民と呼べる人々」は日本社会にたくさんいる。入管法改正があろうがなかろうが、特定技能の資格ができようができまいが。特定技能以外でも「単純労働」で働く道は拓かれていて、なんなら日本が戦略的に「安い労働力必要だから」って呼び込んでいることも事実の一つだっていうのに、これまでその存在を見ないようにしていただけで。100万を超える外国人が日本で働いていて、税金を納めてるのに、なんにもしてこなかっただけで。

と改めて伝えたい。その人たちを無視し続けてきたことで生じたリスクは、日本社会にぜんぶ跳ね返ってくるだけ。これまでも、これからも。

だから、日本は海外ルーツの子どもたちが安心して学べる環境を一日も早く整備しなくてはならないし、劣悪な環境で、まるで「奴隷」のように働く外国人の状況を改善しなくちゃならない。日本語が通じないからといって、適切な医療や福祉にアクセスできない事態は早々になんとかすべきだし、外国人保護者が「お便りが読めなくて困る」みたいなことは、お便りを紙で出すのを止めて、データで配信し、外国人保護者自身が翻訳アプリをつかって内容を調べられるようにする、くらいのことは今すぐにやるべきで。

今の私たちには、実は経験豊かな心強い仲間がいるから。

いろいろ、できることはたくさんあるし。幸いにも(というか、大変恐縮ながら、というか)、今の私たちには、30年前(&もっと前)から日本に暮らし、困難を経験し、工夫を凝らし、努力し、言葉や文化や制度の壁を乗り切ってきた海外にルーツを持つ人々がいる。彼らの経験と力をお借りして、すべきこと、できること、しっかりやればいいだけなんだし。

「外国人」にまつわる現在地とか、そのあたりのエビデンスは尊敬する望月優大さんのnoteをぜひ読んでください。とてもわかりやすいから。


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