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発酵と腐敗のあわい 〜ブレンダーが見るビール世界

「このビール、変な味がするだろ? でも、捨てずに使うんだ」

一般的な感覚では信じられない言葉を、目の前の造り手は満面の笑みで発している。


「ランビック」というビールと「ブレンダー」という職業の面白さに改めて気付かされ、僕もつられて笑ってしまった。

こんにちは。高知県日高村で地域おこし協力隊をしています、髙羽 開(たかば かい)といいます。

この「いきつけいなか」では、協力隊の3ヶ月にわたる欧州ビール研修の様子を、週1回のペースで綴っています。


ヨーロッパでの研修も、残り片手で数えられる日数となりました。

今日は、ここ数日さまざまな造り手の元を訪れている中で気付かされた、「ランビック」というビールの奇妙な魅力について書いていきたいと思います。


ランビックのいろは

「ランビック」というビールを飲んだことがない方も読んでくださっているかと思うので、まず最初にランビックって何ぞや、というお話を簡単にさせていただきます。

僕が取り組む「ワイルドなビールの代表格」とも言えるランビックは、ベルギーの首都・ブリュッセルと、その近郊のパヨッテンラントと呼ばれる地域でつくられる「自然発酵ビール」のことを指します。

通常のビール製造では、ビールの品質にとって好ましくない微生物の発生を避けるために、仕込んだ熱々の麦汁を「熱交換器」と呼ばれる設備で酵母が発酵しやすい温度まで「人工的に一気に冷やして」、ビール醸造に適した酵母をのみを「添加」し発酵させます。

クールシップ
画像引用元:The Beer Connoisseur

一方ランビックの製造過程では、「クールシップ」と呼ばれるステンレスや銅でできた浅く平たいプールのような容器で麦汁を「自然に冷やし」、その間に空気中に浮遊する「野生の酵母と微生物群」が麦汁に着床し、発酵をスタートさせます。これが、いわゆる「自然発酵」と呼ばれるもの。

その後、木製の樽で長期間熟成をさせたビールが「ランビック」と呼ばれます。
(通常のビール製造では、ステンレスのタンクで発酵・熟成をおこないます)

野生の酵母で発酵し、さらに樽内に住むさまざまな微生物群によって熟成されることで、複雑な香りを醸し出すことがランビックの大きな特徴です。

そんなランビックと呼ばれるビールは、製造方法の違いからいくつかのカテゴリーに分けられます。

単一の樽で熟成させた「ストレート・ランビック」、複数の樽で熟成したランビックをブレンドした「グーズ」、チェリーを漬け込んだ「クリーク」、ラズベリーを入れた「フランボアーズ」、氷砂糖で甘味をつけた「ファロ」、そのほかの果物を加えた「フルーツランビック」がランビックに含まれます。

個人的に大好きで、今回書き記したい魅力を包含しているのが、「ブレンドするランビック」についてです。

樽それぞれの個性を調和する「ブレンダー」

ランビックを熟成させる樽の内側には多様な微生物が隠れ住んでいて、その生態系は樽によって異なります。

ランビックが接する微生物が違うということは、熟成の過程で起こる化学反応が異なることを意味し、同じ日に仕込んだ麦汁であっても、異なる樽における熟成の過程で全く別の液体に変化することになります。

そんな別々の樽で熟成された異なる特徴を持ったランビックを混ぜ合わせ、調和の取れた理想の味わいのビールへと昇華させるプロセスを「ブレンディング」と呼び、その行程を生業にしている職人のことを「ブレンダー」と言います。


──


ここ数日で訪れたつくり手の方々は、複数の樽で熟成の過程を経た、さまざまな味わいのランビックを試飲させてくれました。

その中には、6ヶ月しか熟成させていないにも関わらず、つくり手の想像以上の素晴らしい熟成を経たランビックもあれば、1年以上熟成させた上でも決しておいしいとは言えない、例えばまるで、絆創膏のような香りを出すランビックもありました。

ここで面白いのは、明らかに「変な」味がするものであっても、彼らはそのビールを自身のブレンディングに活用するということ。

「今はまだおいしくないけど、もう半年熟成させればぐっと良くなる」

「仮に時間がたって良い出来にならないとしても、このビールを捨てることはしないよ」

「他の樽のランビックと混ぜて、瓶詰めするよ」


この言葉は、長期間熟成させたから捨てるのがもったいない、という理由で発せられているのではありません。

それ単体ではネガティブな味わいを持つランビックでも、他の樽のランビックとブレンディングすれば、そのネガティブな特徴が故に、ポジティブな複雑さが生まれ得ることもあるのです。

自らの五感を頼りに、多種多様なランビックを調合し、自分たちが理想とする味わいのビールに近づける。

それが「ブレンダー」という仕事というわけです。


発酵と腐敗の曖昧な境界線

ご存知、ビールは発酵飲料です。

「発酵」とは、酵母をはじめとした微生物がその生存戦略の過程で人間にとって好ましい物質を生成するプロセスのことをいいます。

この「発酵」に極めて近く、全く異なる意味合いを持つ言葉があります。

それが「腐敗」と呼ばれるプロセスです。

「微生物がその生存戦略の過程で人間にとって好ましい物質を生成するプロセス」という発酵の定義の、「人間にとって好ましい」を「好ましくない」に変えると、そっくりそのまま「腐敗」を言い表す文章になります。

「発酵」と「腐敗」というプロセスは、人様の事情によってその言葉が指し示す状況が異なる、というわけです。


ここで想起されるのが、上述した絆創膏の香りを持ったランビックです。

樽内の微生物群と樽外の環境要因によって、ある時点では「人間にとって好ましくない」味わいへと変化したランビックは、そのタイミングでは「発酵」ではなく「腐敗」しかけていると言えるかもしれません。

一方で、その腐敗したと言えるランビックは、その特徴を持っているが故に、ブレンダーの手によって素晴らしい味わいのビールに昇華しえる可能性を秘めています。

そんなことを考えると、ランビックというお酒の製造過程において「発酵」と「腐敗」の境界線はとても曖昧で、一概にどちらかを決めることはできません。

「発酵」と「腐敗」の間(あわい)を漂う。

ランビックをつくり・飲むという行為は、人の都合によってカテゴライズした区分けを超越する、自然の曖昧さと複雑さを愛でる営みなのかもしれません。

そして、そんなランビックを生み出すブレンダーたちには、まったく異なるビール世界が見えているような気がします。


(念のための補足ですが、ここでいう「腐敗」という言葉は、ランビックが「腐っている」とか「人の健康に悪影響となる」可能性があるということでは全くありません)


最後に

今週もここまで読んでいただき、ありがとうございました。

髙羽個人のインスタグラムでも日々ヨーロッパの様子を投稿してますので、よかったらフォローよろしくお願いします。

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このヨーロッパ研修記では、海外で研修をおこなう地域おこし協力隊の取り組みや学び、現地の暮らしや文化、そしておいしいビールについて記しています。

また次回もぜひ、ご覧ください。
Cheers!(乾杯!)


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