新しい名前 小説「カラーズ」6 (全17話)

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 お菓子のまるおかに二ヶ月に一度行く。
チョコや、飴、おかき系の個包装された大容量パックを4〜5種類買い、オレンジ色の大きなマイバックに入れて商店街を歩いて戻る。

第ニ・第四水曜日10時〜12時まで。誰でも気楽に来られるお茶会だ。特に予約もいらない。
好きな時間に来て好きな時間に帰る。大体来るのはいつも決まったメンバーだ。
その時間、作業所に行ってる人は来られない。成田さんは第四水曜日は仕事があるため参加しない。
みんなでおやつを食べて、夏なら冷たい麦茶、冬ならティーバッグでいれた温かいお茶を飲む。お菓子は個包装だと持ち帰れるからいい。

 障害がある無しに関わらず、例えばベビーカーで赤ちゃんを連れた人など誰でも気軽に立ち寄ってほしいというのが、私たち職員の本当の願いだった。
でもここは「障害者のための」相談室という位置づけで、訪れる人は限定されてしまっていた。
健常とされる人でも誰しも生きづらさを抱えているはず。むしろ病気や障害がなければ誰にも頼れないという厳しい立場に置かれていないか?
本当はどんな人にもあらゆる可能性がある。

孤立せず生きること、ほっとできる場所、他者とつながる場所……。

 一度、相談室のみんなで話したことがあった。
もし「障害者の」って言葉じゃない違う名前を相談室につけるならどんな名前がいいか。

「うーん、……『この世の生きづらさ研究所?』」と私。
室長の立花さんは「いやいやそりゃないわ。『あなたの個性応援団!』なんてズバリどうですか⁈」
橋本さんがすかさず「立花さん、それもない」と笑う。「『だれでもサロン』とか」土屋が言う。

「誰が来たっていいのよ!ほんとは。どんな人でも。ウェルカム!」と立花さんは明るく言う。

あれこれしゃべっていると成田さんが入ってきた。
「こんちは。あ、お揃いで。」私たちを見て言う。

「あ〜、成田さん、どうですか?最近」
立花さんがくるりとイスの向きを変え、成田さんのほうに身体を向けにこやかに聞く。親しみやすく変な緊張感を出さないところが良さだ。
「眠れてる?」などと体調についても聞いている。橋本さんがお茶とお菓子を出す。

私たちはこうして、小さな看板を出して、誰が来るともわからないけれどただ待っている。もちろん電話も来るので交代で受けながら。そのとき電話をくれた人に「今、お茶会やってますよ〜。今度もしよかったら」と誘ってみたり。

家からなかなか出られない人にはハードルが高いことだともわかっている。

事実、あまり乗り気でない人を誘うのは良くないと土屋に注意されたこともあった。プレッシャーになってしまうから。

それでも、ブカブカの新しいジーパンをはいて、ベルトにタグをぶら下げたまま、島内さんがタクシーを飛ばして来てくれたときはうれしかった。


 突然自動ドアが開いて、にゅっと大きなクマさんみたいに立っていた。本人は放心状態のような感じだった。ビー玉みたいな綺麗な目をしてまばたきをしない。「島内さん!!」

皆が驚いた。先に来ていた成田さんは、「なんだあ?」というような様子で見上げた。
中へ通して室長がいつも座っている、入り口から一番近い席に座ってもらった。そのイスが一番頑丈だというのもあった。

本人が誰よりも驚いてるように見えた。
ほとんど返事程度だったが、半開きの口からは下の茶色い前歯が一本だけ見えた。私は新品のベルトの調節をしてあげた。革をハサミで切り(なかなか切れなかった)、長さが合うように。タグも切ってあげた。

島内さんの行動力、素直さに胸が熱くなった。
なにげなく呼びかけたのだ。たまには相談室に顔見せてくださいねと。
二駅も離れた街にやってきたなんて。普段彼が通う精神病院もアパートから歩いて行ける場所。狭い世界が行動範囲なのだから。

立花さんは島内さんが来たことにびっくりして、なぜかさっさと帰らせていた。
橋本さんが駅まで送った。
島内さんと役所の前の喫煙所でタバコを吸って、お昼のお弁当を一緒に選んで駅まで送ったと笑顔で戻ってきた。
島内さんは電車でじろじろ見られただろうか。

島内さんが来た。このことがどれだけ大きなことか。

あたりまえのことがあたりまえでない人たち。
生きていることが奇跡みたいな人たちがいる。

見えないけど、たしかにいる。



つづく↓



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