公衆電話 小説「カラーズ」8(全17話)

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コウシュウデンワ

電話のディスプレイにそう文字が並ぶと、すぐにあの人だとわかる。

震える声で名乗り「橋本さんいますか?」と言う。前任者から引き継いだのは土屋だったが、そっけないその場しのぎの対応ばかりで、助けを求めても無駄だとわかったのだろう。弱い立場の人はより敏感に感じ取り、人を見抜く。

 両親は高齢で亡くなり、大きな一軒家に一人住んでいたが、もともと知的障害を持っていた彼は親が亡くなったショックからか、たびたび裸で家を出て歩きまわるところを補導されるようになり、認知症と診断されて今は精神病院にいる。

一時期、徘徊するため身体拘束されたことの影響で歩けないほど衰弱した。
今はおそらく自力歩行はできている。少なくとも病院内の公衆電話までは。
成年後見人は書類上、彼の伯母にあたる親族なのだが、面倒をみることや関わること自体を拒否しており進展がないままでいた。

このところ頻繁に電話が来るので気にかけていた。電話のたび必ず「早くここから出してください」と訴えるのだ。

 資産は両親が遺して相当な額があるという話だった。噂では億単位。
一人息子のことを考えて困らないようにお金を遺したはずだが、ご両親の気持ちを考えても痛たまれなかった。

室長の立花さんは、彼の実家を建て替えて障害者のグループホームを作り、そこに住んでもらうのはどうかという案を出したが現実的でなかった。

土屋は担当なのになかなか動こうとしなかった。

 橋本さんは何ヶ月経っても動かない土屋にしびれを切らし
「あなた冷たいと思う。どうして福祉の世界に入ったの?私一人でも行くから手配させて。」と言った。
精神病院は他の病院と違い、見舞いに行くのに事前にアポが必要なのだ。

土屋は重い腰を上げ、ようやくケースワーカーと連絡を取り出した。さらに一カ月後、土屋と橋本さんは訪問した。

 橋本さんいわく、待合室にいるときからアンモニア臭が漂っていたそうだ。六人部屋でベッドは満床。あまり多くは語らなかったが、良い環境とはとても言えないのが伝わってきた。
病院の担当者は様子について、徘徊が多くグループホームで生活できるレベルではなく、親族は関わることを拒否していて一人暮らしは尚のこと不可能。今のところ入院以外ないという判断らしい。

その後、彼の住んでいた家を訪ねた土屋は
「地獄だったよ、警察に捕まって入院が決まってその時から誰も家に入ってないからさ、使ったオムツやら食べものやらそのままで、ネズミがいて……。それでゴミとか片付けてさ。とにかく……ひどかった。」

この世の汚いものをすべて憎むといった表情で話すので、もともと未解決事件の重要参考人に似て人相の悪い土屋の顔は、さらに恐ろしくなった。

つらいのでそれ以上は聞かなかった。目の前のその顔を見たくなかったのだ。


ブーーー

公衆電話でもうすぐ電話がきれるのを知らせるあの音が耳に残り、今でも時々聞こえる。


9へつづく↓



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