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戸田彬弘監督『市子』公開記念インタビュー

映画監督によるオリジナル企画の製作実現を目指すIKURAで今回お話を伺ったのは、12/8(金)に『市子』がテアトル新宿、TOHOシネマズシャンテほかにて全国公開を控えている戸田彬弘監督です。サンモールスタジオ選定賞で最優秀脚本賞を受賞するなど高い評価を得ている演劇作品「川辺市子のために」を映画化した本作。演劇に劣らない臨場感を持つ映画『市子』の魅力、製作経緯、国際映画祭正式出品の所感をお聞かせいただきました。
(聞き手=IKURA事務局)

■   演劇と映画
−『市子』は、戸田監督が主宰するチーズtheaterの「川辺市子のために」という戯曲がベースになっているとのことですが、戸田監督はもともと演劇をメインに活動されていたのでしょうか?


大学で演劇を専攻し、同時に映画にも興味があったので大学2、3年の時には自主映画を撮っていました。そのため映画は演劇とちがって完全に独学です。

「川辺市子のために」は当初、僕の個人プロデュース公演*1だったので、劇団活動をしていく予定ではなかったのですが、上演したサンモールスタジオの支配人から依頼をうけ再演が決定しました。そのあとに別作品の企画が東京芸術劇場で運良く通りまして、1年後の公演も決まったので、ここまできたなら「劇団」という形でやりましょうかと、出演してくれていた大浦千佳さん、田谷野亮さん(2023年に脱退)と話して、「チーズ theater」の旗揚げになりました。

*1プロデュース公演:劇団所属の作家、演出家、役者で行う公演とは違い、プロデューサーや公演団体が参加者を集めて上演するシステム。

−どういった流れで映画化が実現したのでしょうか?

『市子』のプロデューサーである亀山暢央氏が、舞台の出演者との繋がりで「川辺市子のために」を観ていたことがきっかけです。亀山プロデューサーの前に他から映画化について声がかかったこともあったのですが、当時は自分としてイメージがつかず、そのまま流れてしまいました。
実は「川辺市子のために」には続編があるのですが、亀山プロデューサーはそちらも観にきてくださって、また亀山プロデューサーがご自身の会社であるKigumi株式会社を立ち上げたタイミングだったこともあり、ご縁が重なって映画化を進めることになりました。

ちなみにIKURAが目指す“オリジナル企画の映画化”という点では、僕の劇場デビュー作『ねこにみかん』(14)の製作経緯も参考になるかもしれません。

■行動と継続が導いた成果
―『ねこにみかん』(14)はどのような経緯で製作されたのですか?

みかんの産地で映画を撮りたいと考えて、まずはじめに自治体など行政の後援があると諸々が進めやすいと思い、和歌山県有田川町の観光課に連絡をして直接掛け合い、後援名義をとりつけることができました。
そこで地元で地域活性活動を行なっているNPOの方とも繋がり、制作に向けて具体的に動き出しました。1年をかけて有田川町を行き来して、地元有識者を前に僕の過去作品の上映やスピーチを行い、一人10万円までというルールを設けてフェイスtoフェイスのクラウドファンディングのような活動を積み重ねた結果、800万円強を制作資金として集めることができたんです。続いて配給会社も決まり劇場デビューを果たしたという、いってみれば力技ですよね。
ちなみにこのNPOのご担当者は本当に優秀な方で、町の政治やルールにも精通されており大変なご助力をいただきました。しかもその後は、僕が代表取締役を務めるチーズfilmを立ち上げる際の出資者にもなってくれました。

また自分の感性の維持やキャリアの積み重ね、自己プロデュースという観点でも、ものを作り続けている状態を作らないといけないということも常日頃思っています。
もの作りを継続できる状態を考えた時、やはり小劇場が1番リスクが少ないんですよ。ノーリスクではないですが、映画ほどのお金のリスクがない。儲かりはしませんがうまくやれば全員多少の報酬を貰えた上でトントンには持っていけます。 今回の『市子』に関してもそういった観点での結果といいますか、演劇でオリジナル作品を発表して最終的に映画化まで到達したので、運が良かったなと思っています。

■『市子』映画化までの道のり

©2023 映画「市子」製作委員会

―『市子』は当初映画化を想定していなかったんですよね?
 
「川辺市子のために」はすごく演劇表現に特化した戯曲なので、それを映像化した時にどう構成すべきか自分の中にプランがありませんでした。演劇の場合は抽象的表現がいくらでもできるけれど、映画はちょっと違う。戯曲は謎の人物を本人(市子役の俳優)を使って追い求めていく構成でしたが、映画では本人を使って追いかけることができない。

ただ戯曲(「川辺市子のために」)の続編(「川辺月子のために」)を書いている時に、なんとなく今回の映画の構成プランを思いつきました。黒澤明の『羅生門』(50)をヒントにしたのもありますが、 もしかしたら同じようなニュアンスで映像化できるかも、と考え始めたのがその頃です。そんな中で、亀山プロデューサーが映画化の話を持ちかけてくれました。

もちろん演劇と映画ではアプローチの違いはありますし、映画にはオリジナルエピソードも入っていますが、物語の核は同じです。

―配給はハピネットファントム・スタジオさんですよね。すぐに配給会社も決まったのでしょうか?

『市子』映画化に向けての動きは19年の秋頃にスタートしました。プロット構成が終わった頃に(脚本家の)上村奈帆さんに入っていただき、準備稿を目指す最中に世の中がコロナ禍となりました。撮影できない状態が続いたため、さらに1.5〜2年くらいの年月をかけてゆっくり脚本を練りまして、だいたい17稿くらいで整ってきたので主演のオファーに移りました。主演に杉咲花さんが決まり、続いて配給が決まり、という流れで今回の公開に漕ぎ着けることができました。

たぶん当初亀山プロデューサーはここまで大きい規模でやる予定ではなかったと思うんです。ただ杉咲さんをはじめ、名だたるキャスト陣が作品に共感し集まってくれたので、今の形になったのだと思っています。

■国際映画祭に参加して

東京国際映画祭にて 
(左から)若葉竜也さん、杉咲花さん、戸田監督

―映画完成後、釜山国際映画祭ジソク部門*2 や東京国際映画祭Nippon Cinema Now部門*3 への正式出品が決まりましたね。
*2 ジソク部門:新人監督を対象としたニューカレンツ部門と並ぶ3作以上の経験監督によるコンペティション部門。
*3 NipponCinema Now部門:この1年の日本映画を対象に、特に海外に紹介されるべき日本映画という観点から選考された作品を上映する部門。

配給の海外セールスチームとSKIPシティ国際Dシネマ映画祭のプログラミング・ディレクターでもある長谷川敏行氏に入ってもらい、大きい国際映画祭に絞って戦略を立てました。
釜山国際映画祭は海外マーケットに強いですし、東京国際映画祭も日本での大きな露出につながるので本当に出品できてよかったと思います。

釜山国際映画祭はとても華やかで盛り上がりを感じました。飲食店に行けば「映画祭で来ているの?」と声をかけらたり、街をあげての祝祭ムードでしたね。東京国際映画祭に関しては去年よりもマスコミの数がかなり増えた(と聞きました)印象があります。
ただ、釜山国際映画祭では、仕事の関係でレッドカーペットと上映・ティーチインのあとすぐに日本に帰国しなければならず、マーケットには参加できなかったんです。セールスチームは残ったのでしっかり売り込んできてくれたと思います。

―ティーチインでのQ&Aはどうでしたか?釜山と東京で違いがあるのでしょうか?

釜山も東京も、おかげさまで時間が足りないくらい盛り上がりました。相違点といえば、参加者の年齢層が圧倒的に釜山の方が若かったです。釜山には韓国中から映画を学んでいる学生が集まるらしく、若手からの質問が多かったですね。
韓国の若者の映画に対する熱意を肌で感じることができました。それから客席も釜山の方が埋まっていたと思います。もう少し日本の人たちも映画に関心を持ってくれるといいのですが…。

―Q&Aで最も多かった質問は何でしたか?

演劇を映画化するにあたっての苦労についてです。映像にする際にどこをどう変えたのかを聞かれました。他には杉咲花さんのキャスティング理由も多かったですね。

映画化に関して言うと、演劇は全員が同じ舞台に集まって進行するので、例えるなら裁判所のようなシチュエーションをイメージするとわかりやすいかもしれません。観客は傍聴席にいて、舞台の出来事を見守っているような感じです。それを映像化するには、先ほど『羅生門』がヒントになったと言ったように、まさに各登場人物の証言によって主人公の人物像を浮かび上がらせていくかたちで再構築しました。
また市子は、女性の艶やかさと人間の強さを醸す人物で、それを体現できる女優さんに演じてほしいと思っていました。加えて関西弁を話すことができて、年齢も幅広く演じられる点などを踏まえると、杉咲花さんが全ての条件に当てはまるんです(杉咲さんは東京出身ですが、NHK連続テレビ小説「おちょやん」で関西弁をマスターされていたので)。直筆の手紙に思いをしたためて、オファーさせていただきました。

■登場キャラクターのリアルさ

©2023 映画「市子」製作委員会

―市子は実際に存在する人をモデルにしたのかと思うほど、リアルな存在でした。

リアリティは演出のテーマでもあったので、僕らが生きる同じ世界線に紐づく年表を作りました。市子が生きていた時代の日本の社会情勢、社会問題、ブーム、曲、食べ物とかそういったことを全て年表におこして、それをもとにバブルが崩壊したとき市子は4歳か、関西生まれとなると阪神大震災は経験しているな、などとひとつひとつ照らし合わせて考えていくわけです。
さらにそこから、彼女の性格や行動原理、じゃあ家庭環境はどんな感じだったんだろう…といったように周囲の人々まで視点を広げて作り上げています。だから当然、社会問題も絡んでくるわけですけれども、本作は社会的なメッセージを声高に訴えたいのではなく、やはり市子という女性の人生ドラマとして描いていくことに意識を向けて制作しました。

―時系列も複雑ですよね。

作っている当人の僕も脚本の上村さんもだんだんわからなくなってくるから、その都度年表に戻って見直していました。この事実は誰が知っていたっけ?とか、この人が知ってたらおかしいのか、などなど。
映画には描かれないシーンについても、サブテキストとしてかなりのページを作り込んでいます。50ページくらいあったと思うのですが、それを役者に読んでもらって役作りに活用してもらいました。

■市子は僕らのすぐそばに今も生きている

『市子』は、色んな想いが詰まった作品です。自分のそばにいる人や、ネットで知る様々なニュースに関して、僕たちは結構簡単に、「あの人は、ああいう人だよね」と決めつけてしまっている。その危険さを描いているところもあるし、誰にも見つけて貰えない、見て貰えない孤独の中で踏ん張って生きている人にも届いて欲しいと感じています。
観た人が、そばにいる人に想像力を持って視線を向け、相手のことを考えるきっかけになれば幸いだなと思います。市子は多分、僕らのすぐそばに今も生きていると、そう思うんです。

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ありがとうございました。これからも演劇と映画、両輪での表現を楽しみに、戸田監督を追いかけようと思います!
                       (2023年11月10日収録)

PROFILE

戸田彬弘  TODA Akihiro
1983年生まれ。奈良県出身。チーズfilm代表取締役。チーズtheater主宰。日本劇作家協会会員。
映画監督、脚本家、演出家として活動。 2014年『ねこにみかん』で劇場デビュー。
代表作は『名前』(2018年)、『僕たちは変わらない朝を迎える』 (2021年) 、『散歩時間~その日を待ちながら~』(2022年)などが有り、国内外の映画祭で受賞。
舞台では『川辺市子のために』がサンモールスタジオ選定賞2015最優秀脚本賞を受賞。ほか、チーズtheater全作品の作・演出を担当。外部演出は、大竹野正典作『黄昏ワルツ』、横山拓也作『エダニク』、花田明子作『鈴虫のこえ、宵のホタル』、松田正隆作『海と日傘』など。
近年は、舞台『ある風景』(2023年)が日本劇作家協会プログラムとして上演。テレビ東京『けむたい姉とずるい妹』(2023年10月期)を監督。2023年12月8日から杉咲花主演の映画『市子』が全国公開。

12月8日(金) テアトル新宿、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開

©2023 映画「市子」製作委員会

誰の目にも幸せに見えた彼女は忽然と姿を消した――
川辺市子(杉咲 花)は、3年間一緒に暮らしてきた恋人の長谷川義則(若葉竜也)からプロポーズを受けた翌日に、突然失踪。 途方に暮れる⻑谷川の元に訪れたのは、市子を捜しているという刑事・後藤(宇野祥平)。後藤は、⻑谷川の目の前に市子の写真を差し出し「この女性は誰なのでしょうか。」と尋ねる。市子の行方を追って、昔の友人や幼馴染、高校時代の同級生…と、これまで彼女と関わりがあった人々から証言を得ていく長谷川は、かつての市子 が違う名前を名乗っていたことを知る。そんな中、長谷川は部屋で一枚の写真を発見し、その裏に書かれた住所を訪ねることに。捜索を続けるうちに長谷川は、彼女が生きてきた壮絶な過去と真実を知ることになる。

杉咲 花 若葉竜也 森永悠希 倉 悠貴 中田青渚 石川瑠華 大浦千佳 渡辺大知 宇野祥平 中村ゆり
監督:戸田彬弘 
原作:戯曲「川辺市子のために」(戸田彬弘)
脚本:上村奈帆 戸田彬弘
音楽:茂野雅道
エグゼクティブプロデューサー:小西啓介 King-Guu 大和田廣樹 小池唯一
プロデューサー:亀山暢央
撮影:春木康輔 照明:大久保礼司 録音・整音:吉方淳二 美術:塩川節子 衣装:渡辺彩乃 ヘアメイク:七絵 編集:戸田彬弘 キャスティング:おおずさわこ 助監督:平波 亘 ラインプロデューサー:深澤 知 制作担当:濱本敏治  スチール:柴崎まどか
文化庁文化芸術振興費補助金(映画創造活動支援事業)独立行政法人日本芸術文化振興会
制作:basil 制作協力:チーズfilm
製作幹事・配給:ハピネットファントム・スタジオ
©2023 映画「市子」製作委員会
2023 年/日本/カラー/シネマスコープ/5.1ch/126 分/映倫 G

『市子』公式サイト
『市子』公式 X