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『シアタースピリッツの魔物』完結編

とある劇場に立つ芸人の話です。全5話の短編小説です
感想などいただけたら幸いです
※過去の話はこちら

     

いよいよ明日はおれたちエベレストの単独ライブ本番だ。ネタは全て出来上がっているし、我ながら手ごたえを感じている。普段は控えめに自分たちのネタを分析する相方の俊介も、最高傑作だと自画自賛するほどだ。

しかし舞台は生もの。
フタを開けてみないとお客さんに笑ってもらえるかどうかわからない。明日は絶対に成功させて、このライブを契機に売れてやるんだ!

さらに追い風なのは、美咲がバイト先で知り合ったとかいうテレビ局のディレクターさんが見に来てくれるということだ。
美咲の話では、4月から新番組が始まるらしくそこに出演する新しい人材を探しているらしい。

ここでアピールをして、その新番組のレギュラーを勝ち取ってやるんだ。

番組の詳しい内容は知らないが、若手の芸人やタレント、モデル、俳優なんかを集めた総合バラエティーで、ここに食い込めれば売れたも同然だ。
 

本当に美咲には感謝している。影からおれのことをずっと支えてくれた美咲のためにも、なんとしてもこのライブを大成功におさめたい。

家にいても落ち着かないので、少し早めに劇場に入って時間をつぶしていると俊介が声をかけてきた。
「悪いけどさ、エキストラの女の子迎えに行ってくれない?」
 

新婚旅行のコントで、飛行機のおれたちの間の座席に座る女の子が、仕事の関係で少し遅れているらしい。ついでに、とコンビにでジュースやお菓子も頼まれる。普段なら面倒なことだが、前日というテンションの高さから快く引き受けてやった。

それから駅前でしばらくエキストラの女の子を待ち、コンビニで買い物をして帰る。思ったよりも時間が経ってしまったため、急いで稽古の準備にとりかかった。

台本を読み直し、台詞を頭に叩き込む。今日は本番同様に最初から最後まで通すゲネリハだ。途中で台詞を忘れてしまってもやり直しできないので、しっかりと復習しておく。

深夜1時15分からゲネリハを開始すると、スタッフからアナウンスが入る。俊介と向かい合い、何か言葉を交わそうとしたが、ヤツはヤツで台詞を頭に叩き込んでいるらしい。目線を右上に上げて真剣に口元を動かしている。

思い返せば2か月ほど前、小野さんに「魔物の真実」を聞いてからというもの、おれたちは生まれ変わったように頑張ってきた。
毎晩二人で劇場に集合して朝まで話し合った。フタを開けるまで成功するかどうかはわからないが、ここまでおれたちが頑張ってきたのはきっと間違いではない。

ほどよい緊張感がおれの全身をつつむ。あと少しだ。

激しい出囃子の音がステージ上から鳴り響く。少し前のものだが、おれが一番テンションの上がるandymoriの「すごい速さ」という曲だ。

舞台そでのスタッフからキューをもらい、暗転中の真っ暗な舞台へと勢いよく駆け出す。この瞬間が、おれは生きていて一番好きかもしれない。

立ち位置に着くと明転、おれたちを照らすライトに一瞬だけ目をつぶされた。

舞台の上には飛行機の座席を模したセットが並べられている。夫役のおれがジェスチャーでシートの番号を確認しながら、相方の手をつないで歩く。新婚旅行という設定のため、できるだけイチャイチャしたほうがおもしろいだろうという俊介の演出だ。

「新婚旅行でハワイなんて、私嬉しいわ。あなたと結婚できて本当に幸せ」
「僕も幸せだよ。僕はね、飛行機に乗っている間にひとつやっておきたいことがあるんだ」
「何かしら?」
「もちろん子作りだよ。」そう言いながら抱きつくおれに俊介が
「早い!早い!早い!」
とツッこむ。

文章で書くとおもしろくもなんともないが、舞台上で女装した男を相手にこれをやるとそこそこウケるはずだ。あくまでそこそこ。

そしてしばらく会話を進めているとモデルのような女の子が現れる。おれはすぐに目を奪われてしまう。彼女もシートの番号を確認してから、ようやく二人の間の座席だということに気付く。

本来ならどちらかが席を譲って夫婦は並んで座るものだがコントの世界、女の子は何の臆面もなく真ん中のシートに座ってしまう。ここまで台本通り。しかし、この後台本にはないことが起きてしまった。

「キャーーー!!」

女の悲鳴が舞台の上を駆け抜けた。舞台の袖ではスタッフの目に「?」のマーク。一体なにがあったのだろうか? 声のするほうへとおれたちは走っていった。どこだ? するともう一度聞こえてくる女の悲鳴。

「キャーーーーー!!」

どうやらトイレのほうらしい。

「殺人鬼とかだったらどうする!?」と俊介。
確かにそれは恐ろしい。しかし、こんな深夜の劇場に殺人鬼が現れるはずはない。

少しの躊躇の後、おれは男女兼用のトイレの扉を勢いよく蹴り開けた。するとそこには、想像もしなかった光景が待っていた。

「美咲!?」

どうしてこんなところに美咲が? 全く意味がわからない。さらに意味が分からないことが続く。

「でた……。でたの……。」

何が出たというのだ? トイレだからやっぱりウンコか? しかし、その次の言葉におれは耳を疑った。

「なんか黒い……。魔物……。魔物が出たの!!」

   10

カップラーメンをすすりながらおれはテレビを見ていた。
花粉症のせいなのか、それとも今見ているテレビのせいなのかはわからないが、おれの目からは涙がこぼれていた。

半年前のおれたちエベレストの単独ライブは、結果から言うと失敗に終わった。ただの失敗ではない。大失敗だ。
絶対にウケると持っていたネタは見事にスベってしまい、ややウケすらない。唯一盛り上がったところといったら、おれが台詞を噛んでしまったところくらいで望んだ笑いではない。

エキストラの女の子の芝居も緊張のせいか、声が小さすぎて何も伝わらなかったし、VTRも思ったよりウケなかった。ブラスバンドの送り出しも派手ではあったが、笑いにはつながらなかった。

つまりは演出だけこだわったくせに、肝心な実力が伴っていなかったのだ。おれたちが一生懸命考えたネタはまるっきり、面白くなかったのだ。
 

美咲が呼んでくれたテレビ局のディレクターは
「まぁ、次あったら声かけてよ」
と失笑しながら美咲と一緒に帰っていった。

美咲は美咲で、申し訳なさそうに伏し目がちに劇場を後にした。最後までおれの目を見ずに、心の底からの『申し訳なさそうに』だ。

消えていく二人の後ろ姿を見て、何か大切なモノが失われていくような変な錯覚がした。渋谷の街に消えていく美咲の輪郭はだんだんと薄くなり、透明になり、やがて消えていった。

あのライブ以降、おれはまた完全にやる気をなくしてしまった。
あんなライブで失態を見せたエベレストに、新番組のレギュラーなんて決まるわけがない。実力もそれまでだったのだと、改めて気づかされただけだった。

さらにライブがキッカケかどうかはわからないが、3年以上も付き合った美咲とも別れてしまった。自分でやりたいものが見つかったという話だった。
そのやりたいものは、後日すぐに判明した。
別れ話を切り出された時、おれは絶対に別れたくないと土下座までしてみせた。しかし美咲の目にははっきりと、迷惑の文字が浮かんでいた。

あれほどまでにおれのことを想ってくれていた美咲は、もうそこにはいなかった。

もうすでに別れてしまったので今後もそのナゾは解明されないだろうが、なぜ美咲が深夜の劇場にいたのかは今も不明である。まぁ今となってはどうでもいいことだが……。

おれがやる気をなくした理由は、ほかにもまだあった。
それは今見ているテレビ番組だ。

4月から始まると言っていた例の、若手の芸人やタレント、モデル、俳優なんかを集めた総合バラエティーだがそのメンバーに、意外な人物が名を連ねていたのだ。

美咲だ。

芸能界にまったく興味を持っていなかったはずの美咲だったが、新人のタレントとして今年になって芸能界をデビューしていた。

それどころが、今ではCMや雑誌の表紙などで大活躍をしている。今、芸能界でもっとも注目されている新人女性タレントの一人だ。

後日ワイドショーで知ったことだが、例のディレクターと付き合いだしたらしい。美咲はこの世界で今後もどんどんと売れていくのかと思うと、複雑な心境だ。


美咲はあの日、恐怖に満ちた顔でこう言っていた。

「魔物が出たの」

やはりあの日、美咲が見たものは紛れもなくシアタースピリッツの魔物だったのだ。

そしておれたちの劇場には、やはりこの言葉が今後も語り継がれていくことだろう。

「劇場には魔物が住んでいる」


終わり


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