普通の日々よ

映画三昧
立て続けに映画を観る。
『アフターサン』『息子の面影』どちらも大当たり。

漫画
『累』を読む。というのも鍵を忘れて家に入れず漫画喫茶で時間を潰す間に読んだ。とても面白い。
『アル中病棟』を読む。
一時期はアルコール依存症になりかけていた。バグりやすい脳のせいで生活のすべてが苦痛に変換されていたため、その脳を麻痺させるものが必要だった。
酒でなくとも溺れてもいただろう。そのことが端的に描かれている。
ところで漫画原作の映画が金のかかったコスプレみたいなビジュアルになるのはなぜだろう。そして「再現度!」を狙いにいくのも不思議。原作ファンという固定層を確実に取りにいく戦略だろうし、既に成功している原作の要素を捨ててゼロから作るという冒険は避けたいということなら正解なんだろうけど。
ただ「るろうに剣心」はよかった。原作をトレースしつつも説得力があった。金もかかっていたし何より役者の力だろう。


森山大道のエッセイや写真集を立て続けに。昔から妙に心惹かれるが未だにきちんと掘れていない。

日常生活が著しい制限を受けるか、制限を加えることを必要とする
私の脳はバグりやすい。二年前に双極性障害と発達障害で精神障害二級の認定を受けている認定済み精神障害者である。公営の駐輪場は無料だし優先エリアに駐輪する。
しかしいわゆるメンヘラであるとは思っていない。単純な脳の器質的な問題でありパーソナリティの問題ではない。
私の強みはそこを分離できることだと思う。そしてパーソナリティ自体はそこそこ健全だし、ついでに価値観は保守的だ。
まあ思春期で医療につながれていたら苦労は減ったとも思うが仕方ない。それどころじゃなかった。

フォトショップマン
仕事でもそれ以外でもすっとフォトショップをさわっている。それ以外といっても金を得ているので仕事だから、平日昼間の仕事とそれ以外の仕事として区別しよう。
おかげで視界にメニューバーや範囲選択ツールがでてくるくらいフォトショップをさわっている。
ただ目の前のタスクを処理するだけなので体系的なスキルはなかなか身に付かない。未だに乗算がなんなのか理解していないが小手先ばかり器用になる。まあ体系的なスキルやクリエイティビティが必要とされる仕事ではないから問題はないのだが。

二つの家

一年ほど両親の家と元妻の家に半々で住んでいる。二つ家がある状態だけどどちらが本拠地なのか、そもそも本拠地があるのか不明な気分。どこにも自分の家がないようにも感じる。寂しいわけではないが。

旧友
そろそろ大学時代の友人を旧友とよんでいい年齢だろう。大学一年の夏前まで、つまり一瞬で辞めたサークルの面子に未だにカウントされている。
その面子で旅行話が持上がった。最初は20人でマカオ、縮小して熱海、更に規模を見直して高山、妥結案として4人で豊田のキャンプ場と変遷を経て計画そのものが立ち消えつつある。
まあこういう企画だけぶち上げて尻切れになっていくのも学生っぽくていい。

教会に通う青年
毎週日曜日は礼拝に顔を出す。毎回献金箱に財布の小銭入れをひっくり返す。たまに徴収係をやって金を数えたりもする。
私もそこでは若者に分類される年齢なので物珍しがられてお菓子をよくもらう。
ちなみに教会の横は寺だ。教会と寺は同業になるのだろうか。
私の通っている教会の牧師はスキンヘッドなので袈裟を着てそっちに入っても違和感はないなといつも思っている。

とんかつで始まる日曜の朝。
朝からとんかつ定食(120g)を食べる。不思議なことにあのとんかつ屋は朝に行くことが多い。そしてそれなりにいつも混んでいる。朝だからといってみんなが納豆ご飯とかベーコンレタスサンドが食べたいわけでないことがわかる。前夜は夜中にサッポロ一番塩らーめんを食べる。妻に呆れられる。そしてラーメンを食べ終えてベッドに入ったころには翌朝はとんかつを食おうと心に決めていた。寝る前と寝起きが食欲のピークである。多分理性があまり働かない時間だからだろう。よくない。ずるずる。とんかつを食らってから教会へ。礼拝後に豚汁の炊き出し。前日に教会に呼び出され豚汁の仕込みをしていたのだ。その流れで配膳をやる。人と会話をするのは得意なほうじゃないので動いてるほうが気楽だ。片付けを済ませて帰宅。自室から昨日飲んだ麝香猫コーヒーの臭いがする。うーん。弱めの悪臭。おいしいんだけど。
そんなわけで食欲に翻弄された週末だった。

通い婚
自宅と妻宅を行き来するようになって一年が経つ。昨年は125日ほど妻宅で過ごす。平安貴族のようだといえばそうだ。

そうじ
好きだけど苦手なことな掃除。やりだすまでが本当に苦手。でもいざ始めると偏執的にやる。
久々に掃除をする。爽快。いつまでこの状態を維持できるか。まあ一週間くらいかな。


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