第9話 la confiance





クリスマスがおわり新年を迎えてもパリではノエルの飾り付けはのこったままだ。


アトリエ(兼住まい)と店予定地のちょうど真ん中に位置するヴィクトルユーゴー広場の噴水も


この時期はダサいクリスマスツリーが数本飾られていてテンションが落ちる。



しかしこれがあるからこそ、暖かくなって天気のいい日に


噴水から水が天高く吹き出してるときを見たときの


気持ち良さがある。あー、はやく春にならないだろうか。



市場にも未だにペイントした木が残っていたりして、やる気ない感が半端ない。


近郊の生産者たちのブースも休んでいるので


オランダやイタリアからの花材のみで仕入れをすることになる。



日本ではもう色とりどりなスイトピーや切り花のパンジーが出回っている頃だが


パリには切り花パンジーはないし、


スイトピーも一月ほどずれていてもう少し経ってから出回り始め


初夏のころまである。



今はラナンキュラスが中心にある。



クリスマスローズ(特に原種のもの)は、フォイヤジスト(葉物専門ブース)にも並び


葉物と同じような価格で出回るので、値段を何度も確認するようなことがある。



日本との素材の違い(価格も含めて)を自分のものにすればもっと創作の幅を広げていける。



いよいよ進みだした店舗の契約は、

契約書が出来上がるのをまって、

サインをして、

内装工事をして、

アイロニーパリ店のオープンだ。



内装工事は、今までの日本の店のようにペンキを自分で塗って、


中に机や棚など什器を入れるだけですまそうと思っているので、


契約後一ヶ月もあれば始めらるはずだ。



ナターリアのお母さんであるマダムピションが営業権を買い取ってくれるために


もう一度確認の電話をしてきてくれた。



パリに店をもちたい人たちにとって大きな障害の一つである


高額な営業権(その場所で商売をする権利で店子が所有していて通常次の店子に売買していく)を


マダムが俺のために買ってくれるというのは本当にラッキーなことだ。



しかも始めの不動産屋から聞いていた50万くらいの費用が必要な契約書の作成費用も


マダムピションの弁護士が契約書を作成してくれるという。



本当にクレモンスやジェローム、そしてナターリアとの出会いに感謝するばかりだ。



さていよいよこの日のために雇ったといっても過言ではない


Cという公認会計士事務所の出番だ。



C社は公認会計士事務所だが、日本企業のサポートが業務の中心のようで


進出に関するするサポートもしてくれる。


そのために、事務所には弁護士もいて、契約書のチェックもできる。



契約書の草案が出来上がってきた。


日本のそれよりもはるかにボリュームがある。





早速C社に持って行き不都合がないかということを確認してもらう。



ナターリアは契約書にサインするスケジュールをいつにしようかと聞いてきた。


マダムピションの弁護士の事務所に集まり、全ての確認をしながら双方のサインをしていくのだという。


そしたらその日に鍵をもらって物件の工事に入ることができる。



契約書については、C社とマダムピションの弁護士との間でやり取りを進めてくれていた。



おれはもうすぐにでも出来上がってサインして工事に入って、と


考えていたのだが、ここでまだ問題が発生した。



C社から契約書にたくさんの不備がある、


このまま契約すると谷口さんにとって不利な内容がいくつもあるというのだ。



C社は弁護士にそのことを伝え、不都合な箇所を修正したり、


必要な内容を追記するように話してくれた。



そしたら、ナターリアから連絡があった。



アツシ、契約書について、あなたの代理人から、弁護士に連絡があったらしいんだけど、


契約書はあなたにとって不都合な部分はなにもないはずなのよ。


今回は母が営業権を買い取っているし、あなたはその費用を負担する必要はない。


そしてもし、あなたがこの店をだれかに売るときは、売る権利もあなたにあるの。


母が買い取った額以上で売れれば、あなたは母が買い取ったときの額を支払えば


その差額はあなたのものよ。


もし買い手がなければ売らずにでていくこともできるわ。


あなたにとってとても有利な契約のはずよ。

という内容のものだった。



そうだ。知ってる。本当にありがたいことなのだ。



しかし、C社によると、そのことについても一部表記が曖昧な部分があるのだとか。


その他にも、もし建物にトラブルがあった場合の負担する割合なども曖昧な部分や表記されていたいないところ


現状がどうなっているのかなどの証明書などが添付されていないという。





双方から話を聞いてみて、これはどうやらどちらかが嘘をついていたり、


まちがっているというわけではなく


感覚のずれによるものだと思った。



ナターリアたちは、今までいくつもの物件を人に貸してきていて、


今まで通りのやり方で契約書を作っている。


しかも、今回は古くからの友人の紹介だ。





それに対して、C社は今まで、日本からの進出企業の物件契約をサポートするなかで


数えきれないほどのトラブルを経験してきている。


慎重になるのは当然で、



ナターリアたちからすると、営業権も買い取ってあげて、


個人的な信頼関係のある人間同士の特別な契約なのに、

代理人から、いままでもとめられたこともない書類や記載を念のために用意しろと言われる。



双方の考えもわかる。

わかるが、さてこれはどうしたものだろう。。



C社はこのままでは、契約書にサインをするときのサポートはしないとまで言い始めた。



ここにくるまでフランス語も全く話せず、片言の英語でなんとかやってこれたのは


いろんな人がおれを信用してくれて、それに応えられるように心を示してきたからだと思う。



安心できる言葉を並べることができないので、


心配しないでとだけ言って、行動と花でそれを伝えてきた。


信頼を得るということには、言葉が不自由な分、全神経を相手に傾けて行動してきた。


まだまだ短い間だが、ジェロームやクレモンスたちとの友情や信頼は大きな財産だった。



数日間、このやり取りで板挟みになった。



C社からナターリアたちに直接コンタクトをとって


このおれの気持ちフランス語で説明してくれない?と話したんだけど


向こうが弁護士を通してきてるので、直接やり取りすることはできないとかいうし。。



あれこれ悩んだ結果


ナターリアにはつたない英語で、自分の考えをなんとか話して


代理人たちの状況、マダムピションへの感謝、を伝えて



双方の面目が立つように、


追加で必要になるであろう弁護士の費用の負担、


契約が遅れていることで発生していない家賃の負担を申し出た。



結局、ナターリアたちも おれが外国人であることを再認識し


自分たちの考えからは過剰なほどの代理人の対応も理解してくれ


契約書をC社の言う通りに書き換えてくれた。

追加の弁護士費用も、家賃を請求することもなかった。



数日後


トロカデロ広場に面した建物にあるマダムピションの弁護士の事務所で


ついに契約書にサインすることができた。



ものすごい数の書類に印鑑ではなく、なれないサインを何度も何度も書いた。


イニシャルだけでいいところと、正式なサインのとこがあって、


マダムピションの代理人という形式でサインしているナターリアをみていると、


当たり前だが、両方すらすらっと書いていた。



さぁ、これでいよいよ契約締結だ!


と思っていたが、ここでもまた障害がたちはだかった!



数種類、しかもそれぞれが10数枚ある契約書へのサイン。


ナターリア、俺のサイン、ときどき弁護士のサインもするもの。



その作業の段取りが異様に悪い!!!



何度も同じ書類が回ってきて、いやこれもうサインしたから。


あっ、これできたと思ってたら、ここだけお前のサインないやん。


みたいなことを延々と繰り返す。。。



イライラしたおれはちょっと待て!と言って書類を一旦整理し直し、サインする順番を仕切り直し


ようやく全ての契約書に全てのサインをし終えることができた。


苦節、8ヶ月!!


ついにアイロニーパリ店の鍵を手に入れました!!



次回はあらたなキーパーソンとの出会いと浮き彫りになった問題について。

à suivre...



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