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「エレベーター内の儀式」エリサ・ラム怪死事件

 エリサ・ラム事件はネットでは現在でも話題になっており、曰く付きのあるホテルで起こった出来事として怪奇事件のような風潮で語られることが多い。公開されたエレベーターの監視カメラ映像での奇行から、その不可思議さに目が向けられ様々な考察がなされた事件だ。

 エリサ・ラムの両親は香港の出身で、移民の娘だった。両親はカナダで飲食店を営んでおり、エリサはブリティッシュコロンビア大学の学生であった。

エリサ・ラム

 やがて2013年から講義を取らなくなり、1月下旬から鉄道や都市バスを使って一人で旅行を始めた。1月26日にロサンゼルスに到着し、1月28日に事件の舞台となったセシル・ホテルにチェックインしている。エリサはホテルの5階にある共同部屋に割り当てられていたが、同室の宿泊者よりエリサの奇行による苦情が寄せられ、エリサだけに割り当てられた部屋へ移動している。どうやら彼女は同室者に「家に帰れ」「向こうへいけ」などの書き置きを残したり、同室者に入室のためのパスワードを求めたりしていたらしい。
 彼女は長い間双極性障害を患っており、薬物治療を受けていた。

セシル・ホテル

 余談だが、このホテルにまつわるよもやま話が彼女の怪死をさらに後押ししている。オーストリアの文学系シリアルキラー、ジャック・ウンターベガーや、13人を殺害した有名人「ナイト・ストーカー」リチャード・ラミレスがこのホテルに泊まっていたことがある。さらに、1947年にはブラック・ダリア事件の犠牲者である女優のエリザベス・ショートが殺害される前にセシル・ホテルのバーで酒を飲んでいたとされる。ネットでは鈴木光司原作の「仄暗い水の底から」をリメイクした「ダーク・ウォーター」のプロットにも似ているという話もあった。何でも紐づけていけばその偶然性からどこまでもそれっぽく語れるだろうが、この事件は呪われたものでも何でもないように私は感じる。しかし曰くというのはなにせ奇怪さを増幅する。

 2013年1月31日、両親は毎日入っていたエリサからの連絡がなかったため、ロサンゼルス市警察に通報し、ロサンゼルスへと向かった。彼女の予定は2月1日にホテルをチェックアウトし、サンタクルーズへ北上することになっていたらしい。
 捜索にあたってエリサを見たホテルの職員は、エリサは一人でいたと証言しており、近くの書店の経営者もエリサを目撃していた。
 警察はエリサの部屋を捜索し、警察犬に建物を探らせたが匂いの探知は成功しなかった。最後に目撃されてから1週間が経過した2月6日、ロサンゼルス市警はチラシを配布し、インターネットにも掲載した。

 エリサの痕跡が見つからず、2月15日には彼女が映ったエレベーターの監視カメラの映像を公開した。この4分ほどの監視カメラの映像に映る彼女の奇妙な行動から、世界中の人々から関心が集まった。
 ネットでは「彼女は何かから逃げている」とか「霊的なものとコンタクトを取っていた」などど考察されているが、私から見ると、まるで何かドラッグでも摂取しているかのようにノリノリに見える。
 例の動画を見ていきたい。Youtubeでも容易に見れるため、気になった方は見て頂きたい。
 動画はエレベーター室内から始まる。エレベーターのドアが開くと、エリサが軽やかに室内に入り、彼女はかがみながら大きく腕を回して全ての真ん中のボタンをリズムよく押す。

 彼女は縦3列のボタンの真ん中の列だけ、上から順に押している。真ん中のボタンは「14」「10」「7」「4」「M」「B」「Door Hold」である。この「Door Hold」を押していたため、しばらくの間ドアは開いたまま止まっている。なお、彼女が泊まっていたのは5階であり押したボタンには何の関係性もないようだ。

実際のセシル・ホテルのエレベーターのパネル

 この真ん中を全て押す行動、まるで何かの「おまじない」のようだ。これを見てふと思い出したのが、エレベーターを使った「異世界へ行く方法」だ。これは10階以上あるエレベーターでできる方法らしいのだが、
①まず独りでエレベーターに乗る。
②次にエレベーターに乗ったまま、4階、2階、6階、2階、10階と移動する。
③10階についたら、降りずに5階を押す。
④5階に着いたら若い女の人が乗ってくるが、その女性には話しかけてはいけない。
⑤女性が乗ってきたら、1階を押す。
⑥押して成功すればエレベーターは1階に降りず、10階に上がっていくそうだ。
 その先は異世界らしいのだが、エリサも同じような何らかの儀式をしているように見える。
 ボタンを押した後、エリサは少しエレベーター室内で待つと急に室外に顔を出し、左右を覗き頭を引っ込める。このおまじないで何かが部屋の外に出現する予定だったのだろうか。

 そして彼女はボタン側の壁に隠れる。表情は少し笑っているようにも見え、何か追われていたり切迫してるようには見えない。
 何かが現れるのを待っているようだが、何が出てくる予定だったのだろうか。

 今度はゆっくりと右側を見る。

 室内に戻りまた外に出る。ドアホールドを押しているため扉は開いたままだ。
 ドア左手に立ち、しばらくエレベーター前で髪を触っているようにも見える。

 再び室内に戻り真ん中のボタンを押し直し、ドアの外に出て空中に何かものがあるかのような仕草をしたり、何か手遊びのようなことをしている。

 何か仏教で組む掌印のような仕草をしている。上記の画像など、これだけ見ると、誰かを案内するエレベーターガールのようにも見える仕草だ。
 そして、エレベーターの扉は閉まる。これが公開された映像だ。
 これらのエレベーター内での奇行は部屋が一度変わる前の、同室者にパスワードを求める人物像と完全に一致するように私には感じる。

 その後、宿泊客から「ホテルの水が出にくい」「水の色が変色している」「異常な味がした」とクレームがあり、ホテルのメンテナンス係が貯水槽に調べにいくと、4つの貯水槽のうちの一つの中にエリサの遺体が浮いているのを発見する。貯水槽は保守用の蓋が小さすぎて遺体を回収するための装備が入らなかったため、横から切開して排水している。

 2月21日、ロサンゼルス郡検死局は双極性障害を要因とする不慮の事故による溺死と発表した。報告書によれば、エリサの遺体は全裸で発見され、エレベーターの映像で着ていたものと同じものが貯水槽内で発見されている。腕時計や部屋の鍵も遺体とともに発見された。

実際の貯水槽。左の四角の穴はエリサの遺体を回収するために開けられた。

 遺体は適度に腐敗し、ガスで膨張していた。身体的外傷や性的暴行、自殺の形跡はなかった。
 この貯水槽にアクセスするためには、鍵とパスコードが必要であり、安全上、屋上に誰かがアクセスした場合は警報機が鳴るシステムとなっており、その警報機を解除できるのは従業員のみであったようだ。この「屋上に行くのは一人ではかなりハードルが高い」という点は彼女の怪死に第三者が関わったことが疑われる情報の一つとなった。
 しかし、その後の情報では火災用の非常階段を使えば、屋上には簡単にアクセスできるらしいことが判明した上、捜索の段階で警察犬は非常階段に通じる窓のところで匂いをキャッチしていたことがわかった。
 なお、検死報告書では非常に微量のアルコールは検出されたが、レクリエーショナルドラッグやハードドラッグなどは検出されていない。そして、ロサンゼルス郡検死局は遺体発見から4ヶ月後に検死報告書を公開した。

 検死報告書によれば、最終の死因は「Drowning」(溺死)とされている。当初は「I could not be determined」(今ひとつわからない)ではなく、「ACCIDENT」(事故)にマークがされていたようだ。
 さらには、彼女の常用していた薬剤も明らかになっている。

・Advil:アメリカで市販されている頭痛薬(イブプロフェン、日本のバファリンのようなもの)
・Dexedrine spansule:デキセドリン・スパンスル、ADHDの治療薬であり、覚醒効果がある(アンフェタミン)
・Lamotrigine:ラモトリギン、抗てんかん薬としての作用もあるが、双極性治療薬の躁状態と鬱状態の乱れを安定させる薬として使われていたと考えられる。
・Quetiapine:クエチアピン、抗精神病薬の一つで、多元受容体作用抗精神病薬(MARTA)と呼ばれる。幻覚や妄想を抑える役割があるほか、うつ症状にも効果がある。
・Sinutab:これも市販薬の痛み止め(アセトアミノフェン)
・Venlafaxine:ベンラファキシン、抗うつ薬の一種で、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)である。気分の落ち込みなどのうつ症状を緩和する。
 彼女は双極性障害であった。双極性障害は、気分が高まったり落ち込んだり、躁状態と鬱状態を一定期間おきに繰り返す精神疾患である。この病気はひと昔前は躁うつ病と呼ばれていた。
 躁状態にある時はほとんど眠らずに動き回り、休む間もなく喋り続け、高額な買い物をして多額な借金を作ってしまったり、法的に問題となる行動を行なったりすることもある。本人は気分爽快でハイ状態であり、人間関係に積極的になったり、いつも元気に見える。
 それに対して、鬱状態の時には食欲が無くなったり、感情が鈍感になり物事に集中できなくなったりする。落ち込みが酷くなると死にたくなったり、精神活動が停滞しすぎて動けなくなったりもする。双極性障害においては、躁という状態とうつという状態が波のように訪れるため、その波の高低差がひどくなりすぎないように気分安定剤が使用される。
 エリサの常用している内服薬を見ると、鬱状態に対しての薬剤が多い。これらの内服を躁状態でも継続して飲み続けると、躁状態の時にはもうものすごいハッピー状態になってしまうだろう。彼女は共同部屋にいるあたりから奇行が認められており、おそらく彼女はセシルホテルに到着するあたりでは躁状態だったのではないだろうか。

 彼女の検死報告書の中に薬物の残存量もあった。血中にはベンラファキシン・デキセドリン、肝臓にはベンラファキシン、レモトラギンが検出されている。これらの薬物をいつ摂取したのかがわからないため、薬物半減期を検討する意味はあまりなさそうだが、血中も肝臓も覚醒効果のあるベンラファキシンが検出されているため、やはり彼女は躁状態でノリノリだったのではないだろうかと思われる。

 そもそも、殺人であれば121ポンド(54.8kg)を背負って非常階段(梯子状)を登るなど超面倒臭い。彼女をそこまで生きているうちに誘導し、落としたのであれば、かなりの躁状態であったエリサを誘導するのは至難の技だったはずだ。従業員の犯行であったならば、チェックアウトしたことにするだけで良さそうだし、性的にも金銭的にも被害がないため、第三者による犯行がそもそも考えにくい。
 躁状態は同室者への嫌がらせあたりから始まっていたのだろう。彼女はエレベーターで召喚の儀式を行い、非常階段から屋上へ上がり、貯水タンクでひと泳ぎしようとしたのではないだろうかと推察され、奇怪な死ではなさそうだ。

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