見出し画像

嘘だろ

嘘だろ、みたいなことが最近頻繁に起こる。ありえない偶然とか超常現象とかそういう類のことではなくて思わず自分に自分でツッコミを入れたくなるようなことだ。
部屋中のカーテンを洗濯してひとつひとつフックにかけていく。あれ、何これ。動くん?カチカチカチ。嘘、だろ。夜遅く帰ってきてうちだけ光が漏れてるのはそういうことだったのか!
40年以上生きてきて今かよ。忘れていたのか?
一体いつから?嘘だろ。嘘だと言ってくれ。
母が辣油をぶんぶん振り回している光景が頭に浮かんできた。これ新品やのに出えへんわ。不良品ちゃうか。辣油っていっつもそうやんなぁ。
お母さんここ、押すんやで。あらぁー。
嘘だろ。嘘じゃない。

諸々の大発見の後半日ほど落ち込んで開き直る。知らないことは恥じゃない。世界は知らないことで溢れている。洗濯機に洗剤注入口があるだと?嘘だろ。おいお前何年生きてきたんだよ。鏡の前の自分を指差して笑ってやりたくなる。
冗談みたいな話だけれどきっとそういうものなのだ。それを知らずに生きてきた。ただそれだけのことなのだ。何を隠そうわたしという人間は数年前鯵の開きの頭部分を切り落として食卓に並べた人間なのである。
さぁ好きなだけ笑ってくれ罵ってくれ。
そんなことも知らないなんて。そう、そんなことも知らなくても生きていけるんですよ。
よくぞここまで知らずに生きてきたものだ。

あるのにないと思い込んでいる。見えているのに見えていない。見えないものを見る時代なんて言われているけれどそれは何もオーラとか波動とか大それたものではなくひとりひとりがそれぞれの見逃していた何かに気付く時代ということなのではないだろうか。
状況は様々あれど他人に不快な思いをさせている人間は全部全部見逃しているのかもしれない。
傷つけられた誰かの顔を。こぼれ落ちる涙を。
誰に言われても響くわけがない。その人の目に映っていないのだから。
何もかもバランスよく見渡せる人間なんてほとんどいない。みんなどこか偏っている。
見落としているジャンルが違うのだと思う。
そんなことも知らないのか。馬鹿じゃねーの。
幾度となく繰り返された言葉をひとつひとつ丁寧に埋葬しながらしょうがないわよねと小さく笑う。知らなかったのね。
今ならきっと微笑んでこう返せるのだろう。
人間ってね刃物と同じように言葉や態度でも傷つく生き物なのよ。テスト出るから覚えといてね。

知らないものは知らないと素直に言えるひとが好きだ。あぁ知らなかった。きっと死ぬまで人間はこの繰り返しなのだろう。知らなかったよ。教えてくれてありがとう。そうやって笑えるひとのなんと愛おしいことか。紅生姜は大根ではなく生姜です。

数年前の手帳の隅に殴り書きされたメモをここに残しておこうと思う。

箱を開けてみれば中身はすでに満たされている。
どうして開けようとしないんだろう。
思い込みの世界ではいつでも中身は空っぽだ。

2020年のメモより

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?