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ラジカセなんだね

大林監督の映画の話になってふと尾道の迷路に迷い込みたくなり、思いつきで友人と広島まで向かった大学生の夏。
お互いロケ地などうろ覚えだったのでとりあえず千光寺山ロープウェイへ向かった。

空はどんよりと曇っていた(ような気がする。)
坂道で一枚だけ写真を撮った(ような気がする。)

ような気がする、と書いてしまうのはもはや記憶は曖昧でたいしておぼえていないからだ。
じゃあ何故書く。
ひとつだけ鮮明におぼえている記憶があることを
たった今思い出したから。
鹿か?違う。もみじまんじゅうか?違う。

厳島神社に行くか行かないかで友人と揉めた。
赴いた時には不穏な空気が流れていた。
友人には他にも行きたいところがあったのだったかはっきりとは思い出せないのだけれど
厳島神社に行くことに乗り気ではなかった。
わたしはといえば神社仏閣に目がないのでせっかく広島に来たのだから絶対に行きたいのだと引かなかった。

無言。不穏な空気。ザッザッザ。
足音だけが響き渡る。
ほら、鹿だよ鹿。無言。
あからさまだな。
癒しの鹿もびっくりである。

どこからかお正月に流れているような音楽が
聞こえてきた。けっこうな音量である。

終始無言を貫いていた友人がぼそりと呟いた。
ラジカセなんだね。リピート再生。

ずいぶん昔のことなので今はどうなのかわからないけれど片隅にひっそりと置かれたラジカセから流れている音と威厳ある佇まいとの微妙な違和感にわたしたちが反応したのはほぼ同時だった。
音楽そのものというよりはラジカセから流れる音質のチープさというかなんというか。
こういう場所にはこういう音という固定観念。
厳かな祭事の始まりに立派な衣装を纏った神主が
ラジカセのスイッチを押す光景が頭に浮かんだ。
カチッ。

言葉ではうまく説明できないけれど塗り直され補修された鳥居の鮮明すぎる赤に反応するような。

たぶん誰も笑わないであろう場所で不謹慎ながらわたしたちは小さく笑い合った。

そういうところに目を向けてしまうんだよなぁ。
あなたもわたしも。

広島に想いを馳せながら友人の言葉を思い出す。
ラジカセなんだね。リピート再生。


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