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桃畑を駆け抜けたある夏の一日

世界各国の物書きによるリレーエッセイ企画「日本にいないエッセイストクラブ」。4週目のテーマ「思い出の写真」をアルゼンチン在住の奥川が綴ります。末尾には、前回走者へのコメントと次回以降のお知らせがあります。過去のラインナップはマガジンをご覧ください。

アルゼンチンの夏、ネウケン州の人々は水辺へ向かう。大人も子供も夏の強い日差しをたっぷり浴びて、あのひやりとする冷たい水にとびこむのが好きだ。

これからする話は小声で言うべきことであり、はっきり言うと僕たちは悪いことをした。だが僕の心にいつまでも残り続けるであろう、遅い青春の一ページでもある。

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その日もまた、じりじりと太陽に肌を焼かれる暑い夏の日だった。僕は家族と気心知れる友人たちと川へ向かった。

午前中は水が冷たすぎる。そんなことは分かっているのに、必ず誰かが水の中に足を突っ込み、「ああ、まだ冷たい!でも昼ころには良い温度になる」と言う。

到着したらBBQアサドの準備だ。

河原で大きな石を集め、半円状に積み立てる。これで風が吹いても、炭は飛び散らない。

木に火をつけたら、炭を乗せた網を置く。炭が白くなるまで熱されたら、炭を地面に落として、新聞紙で網を綺麗にするのだ。

あとは骨付き牛肉と大きなチョリソを並べて、ビールを飲みながら2~3時間焼き続けるだけ。

網と太陽の熱気でアツアツになった身体を、川へ投げ込んだら、もう最高だ。

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しかしその日に限っては、予定調和が崩された。

「シュン、デザートでも調達しに行こうぜ」、エリックが言った。

エリックは少し長めの前髪を斜めにあげていて、いつも左目に前髪が垂れている。色白で少年のあどけなさが残るが、常にスリルを探し求める男だ。

「デザート?アイスでも買いたいのかい?」

「違うよ。親父の知り合いが近くに果樹園を持ってるんだ。そこで桃でも調達しよう」

エリックは僕に有無を言わさなかった。こうして僕たちは桃畑へ向かった。

鋭い日差しを受けながら、いたるところに馬糞が落ちてる不安定な砂利道を歩き続けた。

「シュン、見てろ」とエリックは言い、少し大きい石を拾った。派手な柄模様の水着からパチンコを取り出すと、彼は電線に止まっている鳥に向かって石を放った。距離は10メートルほどだ。

石は一直線に飛び、見事に鳥に命中した。雷にでも打たれたかのように、鳥はゆっくりと電線から落ちた。

「死んでる?」

「ああ、頭に当たってるから即死だ」

「パチンコ見せてくれよ」、沈黙を殺したくて僕は言った。

パチンコは木製で取っての部分が少し黒ずんでいた。小さな傷も多いパチンコとは対照的に、ゴムだけは新品だった。

「狩りのためにゴムを変えたんだ」

僕たちは再び歩き始めた。立ち入り禁止と書かれている看板を無視し、人の侵入を防ぐがれきの山を超えて、僕とエリックは歩き続けた。

「シュン、やっとついたぞ」とエリックが言った。

エリックに続いて草をかきわけると、そこには何百という桃の木が一面に広がっていた。

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感動を味わっている僕とは対照的に、エリックはリュックサックからエコバッグを取り出した。

「この中に桃を詰めよう。落ちているのは拾わなくていい。木についている桃だけ取るんだ」とエリックは言い、僕に向かってエコバッグを2つ投げた。

「それじゃあシュンはあっちな。急ぐぞ。数分後にここで合流しよう」

僕は初めての桃狩りに興奮していた。桃を採取しながら、写真撮影していると、エリックがやってきた。

「まだこれだけかよ!?急がないと見つかっちまうぞ」、エリックは声を殺しながら怒りを表現した。

「どういうことだい?君の知り合いの桃畑だから、取り放題なんだろ」

「そんなの嘘だよ!俺が取るから、シュンはバッグに桃を入れるんだ」

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エリックは桃の木に上り、次々と桃を落とし、僕は下でキャッチした。

しかし僕は、一刻も早くここから立ち去りたかった。これは泥棒行為だ。見つかったら、とんでもない目にあわされるかもしれない。

「エリック!もう行こう!」

「まだ入るだろ。満タンにするまで戻らないぞ」

「くそっ、届かないな!」とエリックは言い、激しく枝を揺さぶった。まるで夕立が降ったかのように、たくさんの桃が音を立てて落ちた。

僕とエリックが共に桃を拾っていると、遠くからピューと空気を刻む口笛が聞こえてきた。

「見張りだ!シュン、逃げるぞ!!」

僕たちは慌てて走り出した。遠くのほうで、大型犬特有の吠え声が聞こえた。必死に桃畑を走り、とげのある草木の中へ飛び込んで、砂利道を走り続けた。そして僕たちは地面に倒れた。

「もう... 大丈夫だ...」と息を切らしながらエリックは言った。

「君のせいで僕も共犯じゃないか。もう立派な泥棒だよ」と呼吸を整えて僕は言った。汗のせいで身体が砂まみれだ。

「それじゃあシュンは、真のアルゼンチン人だ」とエリックは笑い、僕に桃を渡した。

どっしりとしていて赤みがかった黄色の桃だった。僕は手で桃をこすり、かぶりついた。口の中に甘酸っぱさが広がり、呼吸をするたびに痛みを感じるほど乾いていたのどが潤った。

「でも楽しかっただろ?」

「まあ悪くはなかった」

僕たちはたっぷりの桃を引っ提げて、みんなのいる場所へ戻った。

この出来事をきっかけにエリックとの間に友情のようなものが生まれた。

つい先日、エリックは彼女ができたと嬉しそうに報告してきた。そう、当時のエリックはまだ14歳だった。

青春は二度と経験できないと思っていたが、そんなことはなかった。エリックは僕を少年時代に戻した。あれは間違いなく僕の青春の一ページとなった。

「あなたお金使った?足りない気がするんだけど」

帰宅すると妻が僕に尋ねた。

「ああ。エリックと桃取っただろ。あのとき、木に2,000ペソほど挟んできたんだ」

「あなたは本当に悪いことできない人ね」

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というわけで、これが僕の思い出の一枚。

前回走者イスラエルに住んでいたがぅちゃんの記事。話題のマンガに登場する「呼吸」の型に合わせて、イスラエルを感じられるあらゆる写真を紹介してくれます。個人的には、ピカチュウとユダヤ教徒を合わせた「ピカジュー」がツボ。

次回走者、カタール在住のフクシマタケシさんの前回記事はこちら。

カタールの炊き込みご飯「マチュブース」についての記事。面白いです!普段は羊やヤギなのに、王族などを迎えるときはラクダのマチュブースになるらしいです。そもそも大皿のマチュブースはなかなか食べられないんですね。カタールへの愛と尊敬があるフクシマさんだからこそ、書ける記事!本当に面白いので、ぜひ読んでください。

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