見出し画像

アルゼンチンから恋する「はやまのからあげ」

世界各国の物書きでまわすリレーエッセイ企画「日本にいないエッセイストクラブ」。今回のテーマは「日本の恋しいもの」。アルゼンチン在住の奥川がお送りします。ハッシュタグは #日本にいないエッセイストクラブ 、ぜひメンバー以外の方もお気軽にご参加ください。過去のラインナップは随時まとめてあるマガジンをご覧ください。

今回のテーマは「日本の恋しいもの」。ふむ、困った。色々と考えてみたが、一向に思いつかない。

振り返ってみると、2015年にアルゼンチンに移住して以来、とくべつ日本を恋しく思ったことがない。それだけアルゼンチンが僕に合っているということなのか。

うーん、うーんと頭を抱えていると、アルゼンチン人の妻が「どうしたの?」と尋ねてきた。

「エッセイのテーマが日本の恋しいものなんだけど、何も思いつかないんだ」

「あなた変わってるわね!私は恋しいものだらけよ」と彼女は笑った。

「じゃあ、君が最も恋しい日本のものは何だい?それについて書こう!」

「う~ん、たくさんあるけど、やっぱりはやまのからあげだわ!」

福岡県で生まれた僕は、北九州や沖縄を転々とし、小学校2年生の時に古賀市へ引っ越した。それから東京の大学に行くまで、僕は青春時代を古賀市で過ごした。

古賀市といっても知らない人は多いだろうが、博多華丸大吉の大吉先生の出身の町と言えばぴんとくるかもしれない。

小中学生時代、僕は古賀市でスタンド・バイ・ミーさながらの冒険に忙しかった。

近くの海辺に北朝鮮のスパイが現れたとの噂が流れれば、おそるおそる調査をしに行ったり。

秋になると水が干からびる大根川の上流を目指して、ひたすら歩いたり。

古賀での思い出は多々あり、年齢によって遊ぶ仲間や遊び方は変わってくる。唯一、変わらないものが「はやまのからあげ」。

はやまのからあげとは、弁当の店「はやま」のからあげ弁当のことだ。のり弁やチキン南蛮などメニューはバラエティに富んでいるが、はやまと言えばからあげ弁当である。

僕の世代の古賀市民は、みんな「はやまのからあげ」を食べたことがある。古賀市民のおふくろの味なのだ。

自転車で隣町のプールに行く際のお昼、休日の部活のお昼、学校が午前中で終わったときのお昼、土曜日のお昼。

はやまのからあげで決まりだ。

*

アルゼンチン人の妻は、初めて日本に来たとき食事で困った。今でこそ食わず嫌いがましになったが、当時は他のアルゼンチン人と同様に食に関しては保守的だった。

そんな彼女がどはまりしたのが、からあげだ。

まずファミチキを食べて衝撃を受けていた。

「なにこれ...?これがフライドチキン...???なんでぱさぱさじゃないの???フライドチキンはこんなにジューシーになるの???」

大げさではなく、本当にこうぶつぶつと言っていた。そうして約3ヶ月の滞在で、ありとあらゆるからあげを食べた彼女が出した結論はこうだ。

レストランのからあげよりもコンビニのからあげの方が美味しい

セブンのからあげ棒がベストオブベスト

フライドチキンとからあげは別物。からあげは日本食

こうしてからあげの虜になった彼女は、目に涙を浮かべながら空港にあるセブンのからあげ棒を食べて、アルゼンチンへ帰った

5年ほど前になるだろうか、まだ赤ん坊だった息子を連れて、僕と妻は日本へ一時帰国した。目的地は僕の家族が待つ古賀だ。

せっかくの帰国だからと、2ヶ月ほどたっぷり古賀で過ごした。

大学時代は毎年帰省していたものの、数日で東京に戻っていたから、僕にとっては久しぶりに古賀を満喫した時間だった。

妻と息子を連れて、大根川沿いを散歩。

大根川は水が見えなくなるほど草が茂っていた。夏になるとメダカ釣りをしていたころの大根川はもうない。

しばらく歩くと、桜の木の下にあるベンチでおばあちゃんたちが煙草をふかしながら井戸端会議をしている。

記憶が定かではないが、僕が高校生の頃から、このおばあちゃんたちは煙草片手に談笑しているような気がする。

みんな、よっぽど長生きなのか、それとも定期的にメンバーが入れ替わっているのか。

「あら、可愛い赤ちゃん!まあお母さんは外人さんよ。綺麗ね~。ハロー」

古賀には変わっていないものがあれば、変わったものもある。

むしろ僕の目には、変わったものばかり映っていたから、なんだかアウェーを感じていた。

そうして、のんびりと歩いていると、お目当ての店が見つかった。

「ここだよ!きっと君は気に入るよ」

はやまだ。

ちょうどお昼時だから、店の前には多くの人々が集まっている。

スーツ姿のサラリーマン、学生と思われる青年、頭にタオルを巻き作業着に身を包んだお兄さんたち。

数年ぶりのはやまだから、注文の仕方に困ってしまった。列らしいものも見当たらない。みんな立っているから、注文していいのか分からない。

おどおどしていると、お店のおばちゃんが窓から顔を出して、「お兄さん、ご注文は?」と快活な声で尋ねてくれた。

「からあげ大盛り2つ!」

おばちゃんはビニール袋にからあげ弁当2つを入れて、僕に渡した。ビニール袋はずっしりとしている。懐かしい重さと香りだ。

せっかくだから、僕たちは古賀駅前のベンチではやまのからあげを食べることにした。

ビニール袋からからあげ弁当を出すと、懐かしさがこみあげてきた。

昔と同じように、弁当のふたが閉まりきっていない。

からあげのボリュームにふたが負けて、ふたがちょこんと乗っている状態だ。それを輪ゴムでとめて、なんとかギリギリふたの役割を果たせている。

はやまのからあげは、安い・うまい・ボリュームたっぷりの三拍子がそろっているからこそ、食べ盛りの子供たち、汗を流して働く現場仕事の人たちに人気である。

僕は付属のしょうゆをかけて食べ始めた。

味・香り・食感・肉汁・大きさ、すべてが至高である。

「おいしい!こんなにおいしい食べ物初めて食べた!!」と妻は言った。

もはや、彼女の食の歴史上ナンバーワンに君臨するうまさである。

「セブンのからあげを超えたわ!なんておいしいからあげなの!」

こうして僕たちははやまのからあげにハマり、帰国するたびにはやまのからあげを食べている。

なんなら妻とはよく「一時帰国して初め/最後に食べたい料理」についてよく話すが、結局ははやまのからあげという結論に達する。

「最後に日本に行ったのは3年前だっけ?もう3年もはやまのからあげを食べていないわ」と彼女は嘆く。

面白いのは、彼女は日本語を話せないが、「はやまのからあげ」だけ日本語で言うのだ。

英語なら、I want to eat はやまのからあげ

スペイン語なら、Quiero comer はやまのからあげ

といった具合に。

だって、はやまのからあげ弁当の正式名称は「はやまのからあげ」だから。

こんな感じで書いてみると、はやまのからあげとリンクする思い出はたくさんあり、多くの人やモノが恋しくなってくる。

というわけで、2015年にアルゼンチンに移住した僕と妻が恋しいものは、味噌汁でもラーメンでも、からあげでもなく、はやまのからあげでした。

画像1

前回テーマ「最近はじめたこと」のラスト走者はベルリン酒場探検隊の久保田さん。

コロナ渦における日本とドイツの酒場の営業スタイルから、それぞれの国の行動の仕方が見えてきます。今は飲食店は大変ですよね... たらればの話にはなりますが、記事中で久保田さんがおっしゃられるよう、ドイツのように合理的判断がされたら、町の光景は変わっていたのかもしれません。

次回走者はインドネシア在住の式部洋子さん。前回、武部さんが書いた記事はこちら。

なんとインドネシア語小説の日本語訳を始めたそう。武部さん訳の小説読んでみたいですね~!インドネシアの小説は読んだことがないので、おすすめとかもあったら教えてほしいです。インドネシアに長く住んでいる武部さんは、日本の何を恋しく思うのでしょうか?次回もお楽しみに。

サポートありがとうございます。頂いたお金で、マテ茶の茶菓子を買ったり、炭火焼肉アサドをしたり、もしくは生活費に使わせていただきます(現実的)。