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差異化という言葉

思いついたうちにパッと書いてしまう練習。のはずだったのが、数ヶ月放置したのち、ようやく思い出して再開してみました。

仕事上のやり取りをしていて、ふと「差異化」という言葉を思い出しました。要は「差別化」のことなのですが、自分が働いていた職場では「差別化」を「差異化」と書き換えるのが通例でした。

あるとき「インテリヤクザ」と言いたくなるほど強面の上司に、「そこは『差別化』じゃなくて『差異化』だろう」と低く通る声で諭された印象が今も強烈です。ずっとそういう教育を受けてきたせいか、「差別化」と書くつもりで手が自動的に「差異化」と打っているほど、身に染みついた習性でした。

ただし冷静になると、これはどういうことでしょうか。そもそも「差異化」はそれほど人口に膾炙した表現とも思えません。実際、スマホに入った辞書を引くと、「差別化」は手元にある9冊に記載がある一方、「差異化」は、どの辞書でも見つかりませんでした。

何故そんな言葉を使っていたのか。もはや理由はうろ覚えですが、突き詰めると「差別はよくない」ということだったと思います。「差別、ダメ、絶対」だから「『差別化』もダメ」というわけです。身も蓋もないですね。

しかし、これは正しい態度なのでしょうか。

辞書によると、たとえば『大辞泉』には、「差別化」の2番目の説明として「同類の他のものと違いを際立たせること。『他社とは提供するサービスで―をはかる』」とあります。特に差別とは関係なさそうです。

心配なのでネットを検索してみましたが、「『差別化』と書くと差別になる」事例は見つかりませんでした。「ネガティブなイメージがないのは、differentiationの訳語から来たからではないか」という説を打ち出すページはありましたし、「差別化と差異化は別物」という主張もみつけたものの、「差別」とは関係ない話でした。

念のためChatGPTに相談してみると、《『差別化』は差別的な意味で使用されるものではなく、ビジネス戦略やマーケティング戦略の一部として使用される専門用語です》(抜粋済み)との答え。自分の肌感覚も、ほぼ同じです。

つまり、それくらい「差別化」と「差別」は別の言葉なのです。それなのに、あえて目をつけて「言葉狩り」をしてしまう態度とは一体何なのでしょうか。

自戒を込めて書きたいのは「楽だから」ということです。

差別が悪いのは当然ですし、マスコミが不備がないよう気を遣うのも当たり前です。差別を助長しないように言葉遣いを改めるのは、初歩の初歩といえます。

ただし、使ってはいけない言葉を決めて、機械的に置き換えるところまで来ると、話が変わってきます。いちいち考えずに済むので作業が捗るのは確かですが、代々それが受け継がれるうちに、何でそうしているのか、わからなくなってしまうのです。実際、「差異化」と置き換えている理由を改めて調べてみても、納得のいく答は見つかりませんでした。

もちろん、「そもそも、使っていないからには、何か根拠があるはずだ」と考えるのはもっともです。ただしそれは、差別などの問題に関係しているとは限りません。直感的には、誤解や思い込みに基づく場合が結構ある気がします。これもまた反省含みなのですが、記者の原稿を読む立場、いわゆるデスクの仕事をしていると、ともかく難癖をつけたくなるもので、そこに思いつきの規則が紛れ込む温床があるように思います。

かつて、原稿で「蒙を啓く」と書いて、会社の先輩から、「目の不自由な人に対する差別にあたるから使わない方がいい」と、やんわりたしなめられたことがありました。当時は冷や汗をかいて終わったのですが、気になったので改めて調べてみました。

確かにネットには、そのように指摘する意見もあります。ただし、手元の国語辞典や漢和・漢字辞書を引いてみると「蒙」には「道理に暗く、愚かなこと」といった意味はあっても、「目が見えない」に相当する説明はありませんでした。

ネットと辞書のどちらを取るかといえば、私は圧倒的に後者です。何故なら、通常後者の方が格段に大きいコストをかけて、正しさを確かめているからです。ここから考える限り、私の先輩は誤解をしていたことになります。

こうしたちょっとした思い違いがルールになってしまうと、しなくてもいい制約を自らに貸すことになります。どんどん使える言葉が減って、表現が貧しくなるばかりか、そもそもの理由を考えなくなってしまいます。「差別をなくす」という目的が、手段だったはずの「ルールに従う」に置き換えられてしまうのです。挙げ句の果てに、自分の頭で考えずに、つまらない原稿ばかり書く記者ができあがってしまうというわけです。

最後にちょっと飛躍がありますけど、要はルールに盲従するって怖いよねって話でした。これを書くのに何時間もかけてるようじゃダメですね・・・

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