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マライアに首ったけ ~推す力がくれたもの~

 note公式企画「春の連続投稿チャレンジ」、参加第2弾となるお題は『はじめて買ったCD』である。今回はこれにちなんだ、語学学習に関するぼくのエピソードをお話しようと思う。

 ぼくがマアメリカ人歌手のライア・キャリーを知ったのは12歳の時だった。真夜中に目を覚ますと、消し忘れられたテレビで、彼女のミュージックビデオが流れていた。小学生ながらにその歌声に衝撃を受けたぼくは、画面に表示された彼女の名を必死に覚えた。

 こうしてぼくは、はじめて買ったCDとして、彼女のデビューアルバムを手に入れた。購入した日本盤には日本語訳が添えられていたのだが、自分の力で彼女の歌を理解できるようになりたいとぼくは強く思った。

 そこでぼくは両親に、「英語を習いたい」と申し出た。漫画やビデオゲームは簡単に買ってくれない親だったが、この願いはすぐに叶えてくれた。

 こども英会話スクールに通うようになってからは、CDを聴き、教室で学んだ英語のアルファベットの綴りと音の対応関係を意識しながら、歌詞カードと睨めっこをする日々が続いた。

 彼女の歌の内容を「歌詞」として頭で理解できるようになったのは、中学1年生の半ばになった頃だった。マライアは、ぼくが高校へ進学するまでに4枚のアルバムを発表したのだが、高校入学の時点で、彼女のアルバムの収録曲の歌詞は、ほとんど全て頭に入っていた。もちろん、全ての意味を理解していたわけではない。

 高校生になってからは、マライアの映像作品を入手して、毎朝、登校前に鑑賞した。だから、ぼくの英語の発音の先生はマライアだと言っても過言ではない。彼女から発せられる音と口の動きを観察して、ひたすら真似することを繰り返した。

 高校の授業で学ぶ英語は、ぼくにとっては答え合わせのようなものだった。一般的な英語表現であれば、当然、マライアの歌にも登場する。「なるほど、あの歌のあの表現のことね」―こうした納得の繰り返しがぼくにとっての英語の勉強だった。

 しばしば、英語の歌や映画、あるいはドラマで英語を学ぶことの良し悪しについての議論を見かけることがある。ぼくはこれについて、何がきっかけであれ、幸運にも英語の文化に興味を持つことができたのであれば、それを足掛かりにして、英語を勉強すればよいと思う。

 語学においては、「推しを理解したいと思う力」ほど強力な動機はない。実際、ぼくが勉強を教えてきた高校生の中には、K-POPアイドルの推し活を通じて、高校在学中に英語よりも韓国語が得意になった学生が何人かいる。

 マライアとの出会いから既に30年以上が経ち、アメリカの若者の中には彼女の歌を知らない者が珍しくないという話を耳にする。しかし、ぼくにとってのマライア・キャリーが、現代の日本の若者にとってのテイラー・スウィフトやビリー・アイリッシュとなろうが、"推し"を入り口とした語学学習ほど健全なものはないのではないかと思う。

#はじめて買ったCD

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